ニーナ・ガルシア

この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はガルシア第二姓(母方の)はデ・カスティリアノスです。(Template:スペイン語圏の姓名

ニーナ・ガルシア・デ・カスティリアノスNina García de Castellanos1965年5月3日 - )[1]コロンビア出身のファッションジャーナリスト・評論家。雑誌「Elle」、「Marie claire」のファッションディレクターを務め、一般的にニーナ・ガルシアの名前で知られている。リアリティ番組の「プロジェクト・ランウェイ」の審査員も務めている。

ニーナ・ガルシア
Nina Garcia
Nina Garcia 2012 Shankbone 2.JPG
生誕Nina Garcia de Castellanos
(1965-05-03) 1965年5月3日(56歳)
 コロンビアバランキージャ
民族コロンビア人
職業ファッションジャーナリスト
代表経歴PRPerry Ellisマーク・ジェイコブス、マーケットエディター:Mirabella、ファッションエディター:ElleMarie claire
肩書きファッションディレクター, Marie claire
配偶者David Conrod
子供男児2人

生い立ち編集

ニーナはコロンビアバランキージャにて輸入業を営む裕福な家庭で生まれた[2]
1983年にマサチューセッツ州・ウェルズリーDana Hall Schoolを卒業し、ボストン大学の学士号を取得した。 その後、パリEcole Superieure de la Modeに通い、1992年にニューヨーク州立ファッション工科大学の学士号を取得した。[3]

キャリア編集

ニーナはファッション業界でのキャリアを1980年代前半にスタートさせた。[2]
百貨店Perry EllisのPR担当から始まり、マーク・ジェイコブスのデザイナーまで昇りつめた。

ジャーナリズム編集

マーク・ジェイコブスを離れた後、ニーナはMirabellaでアシスタントスタイリストとマーケットエディタを担当した。 2000年に雑誌「Elle」のファッションディレクターに就任[4]し、2008年4月から8月まで総合監修者に就任している。 Garcia left the Fashion Director position in April 2008, becoming Editor-at-Large at the magazine until the end of August. 2008年4月11日号のUs WeeklyがニーナのElleのファッションディレクター退任を報じられた。これは契約更新に伴うもので、同年5月15日に雑誌の統括責任者でチーフエディターの Roberta Myersは、ニーナのについて同年9月1日まで総合監修者に就任する新しい契約を結んだことを発表した[5]。ニーナはElleで13年間を過ごし、うち後半の8年間をファッションディレクターを務めた。
2008年9月に雑誌「Marie claire」の新ファッションディレクターに就任した。[6]

その他の活動編集

2007年5月、ニーナはメキシコシティにて行われたミス・ユニバース2007の審査員を務めた[7]。この時のミス・ユニバースには森理世が選ばれている。

執筆活動編集

ニーナはこれまでに4冊のベストセラーを執筆している。[3]
2007年9月5日にThe Little Black Book of Style (ハーパーコリンズ社刊)を出版。これまでに第8刷目が制作され、スペイン語訳版も出版されている。
2008年8月26日にThe One Hundred: A Guide to the Pieces Every Stylish Woman Must Own(同)を出版。こちらも8刷目が制作されている。
2009年9月にはThe Style Strategy、2010年9月にはNina Garcia’s Look Bookを出版した。

私生活編集

David Conradと結婚し、2007年3月に男児を出産した。2010年11月に2人目の男児出産を公表した。

出典編集

外部リンク編集