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ミス・ユニバース英語: Miss Universe)とは、世界を代表するミス・コンテストである。

ミス・ユニバース
受賞対象 未婚の女性
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
授与者 ミス・ユニバース機構
初回 1952年
最新回 2018年
最新受賞者 カトリオナ・グレイ
公式サイト https://www.missuniverse.com
テレビ/ラジオ放送
放送局 フォックス放送
ミス・ユニバース
設立年 1952年
種類 ミス・コンテスト
本部 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク
公用語 英語
代表 Paula Shugart
ウェブサイト www.missuniverse.com

大会は世界各国の都市で開催され、世界の各国代表が参加して世界一の栄冠を競い合う美の祭典となっている。また、ミス・ワールドミス・インターナショナルミス・アースと合わせて世界四大ミスコンテストとも呼ばれ[1]、世界的に知名度の高いミス・コンテストの1つである。

目次

歴史編集

 
ミス・ユニバース第2回大会(1953年

もともとは1926年から1935年までテキサス州ガルベストンで『International Pageant of Pulchritude』、別名『ミス・ユニバース』というミスコンテストが開催されていた。しかし世界大恐慌と第二次世界大戦の影響で消滅した。

1950年に開催された「ミス・アメリカ1951」の優勝者、Yolande Betbeze が、大会スポンサーの「カタリナ」(Catalina)から提供された水着でポーズをとることを拒んだことが「ミス・ユニバース」誕生のきっかけとなった。この一件で「カタリナ」を製造しているパシフィック・ミルズ社(Pacific Mills)はミス・アメリカのスポンサーから撤退し、独自のミスコンテスト「ミスUSA」とその世界版「ミス・ユニバース」を開催した。最初のミス・ユニバースはカリフォルニア州ロングビーチで行われたミス・ユニバース1952で、フィンランド代表のアルミ・クーセラが優勝した。

決勝は1952年から1972年までは毎回アメリカ合衆国国内で開催されたが、1973年以降は毎年違う国で開催されるようになった。

1955年には最初のテレビ中継が始まった。1960年からCBSがミスUSAとミス・ユニバースの全米中継を行った。ミス・ユニバース社(パラマウント映画の関連会社)が保有していたが、1996年にドナルド・トランプITT社の事業から買収し[2]、本部もロサンゼルスからニューヨークに移転。1998年にはミス・ユニバース機構に変更[3]2003年以降はNBCとの合弁事業となるが、トランプの大統領選挙による不適切発言でNBCは2015年1月に開催された第63回大会を最後に撤退。トランプはNBCが保有していた50%のミス・ユニバース機構の所有権を買い取り、100%の所有者となったが、3日後にWME/IMGに売却した[4]。トランプの関与が無くなったのを受けて、2015年12月の第64回大会FOXで放送された[5]。決勝は原則プライムタイムで生中継されている。また、ミス・ユニバース機構は決勝の放送権を世界各国のテレビ局に販売している。

日本からは1952年(昭和27年)以来、『ミス・ユニバース・ジャパン』の優勝者が日本代表となって大会に出場し、1953年には伊東絹子が3位で初入賞したほか、これまでに児島明子1959年)と森理世2007年)の二人が優勝してミス・ユニバースとなっている。また、アメリカ合衆国占領下の沖縄からは、1963年昭和38年)から1968年(昭和43年)までの6年間、独自の「沖縄代表」が世界大会に出場していた。

日本の朝日放送は、世界大会を1967年大会から[6]1974年大会までJNN系列で、1975年大会から1995年大会までANN系列で地上波全国ネットで録画放映していた(進行は英語のため、日本語吹き替え。日本語版の進行役ナレーターは同局アナウンサー)。しかし翌1996年からは撤退し、以降は放映していないが、1998年以降は、CS放送・ケーブルテレビなどのFOXチャンネル(日本語字幕入り。)にて、世界大会の日本放映が復活している。

2002年大会から2007年までと2017年以降、優勝者の王冠はミキモト製を使用しているが、2008年大会はベトナムのPNJ社製のクラウンを使用した。2009年から2013年までは人工宝石会社Diamond Nexus Labs製のクラウンを使用していた。2014年から17年1月(16年)大会まではチェコのダイヤモンド・インターナショナル・コーポレーションのクラウンを使用していた[7][8]

2012年4月10日、ミス・ユニバース機構は規約を改正し、翌2013年大会から性転換者にも門戸を開放することを発表した。2012年のカナダ大会に出場したジェナ・タラコバが、「生まれつき女性であること」とする条件に反していたことと、その後性別適合手術を受けたのを理由に失格となったものの、同機構の代表を務めていたドナルド・トランプの意向で失格を撤回させたことが背景にある[9][10]

選考方法編集

選考基準として、単なる外見の美しさだけではなく、知性・感性・人間性・誠実さ・自信などの内面も重視される。加えて、社会に積極的に貢献したいという社会性やスピーチ力を兼ね備え、世界の各国代表と対等に交流できる国際的な女性像が求められる[11]

大会では、各国代表が事前審査・水着審査・イブニングドレス審査・スピーチや質疑応答といった何次かの選考(勝ち抜き方式)に臨みながら徐々に進出者数が絞られていき、最終的にミス・ユニバース世界大会優勝者が決定される。また全参加者を対象に、フォトジェニック賞やナショナル・コスチューム賞といった部門賞も決定される。

かつては地域に関係なく選考が進められていたが、2017年大会から第一次選考方法が大きく変更された。参加国を「アフリカアジア太平洋」「ヨーロッパ」「アメリカ(北中南米)」の3つのグループに分け、各々からまず4名ずつ通過者を選出し、更に地域を問わず4名を追加選出するシステムが採用された[12]

国の代表に選ばれると、副賞として多額の賞金、高級車を贈呈される。なお、ミス・ユニバース2006年世界大会で第2位となった知花くららによると、ミス・ユニバースの活動内容について「ニューヨーク市を拠点に、1年間世界各地をまわって、開発途上国などでチャリティー活動を行います。HIV撲滅のチャリティー活動がメインですね。」と述べており[13]、社会貢献活動が中心となる。

ミス・ユニバース機構編集

WME/IMGが出資しているミス・ユニバース機構はニューヨークに本部を置く組織で、ミス・ユニバース、ミスUSAミス・ティーンUSAの三つのミスコンテストを主催している。ミスUSAはミス・ユニバースのアメリカ代表となる(ミスUSAがミス・ユニバースに選出された場合は規定によりミス・ユニバースを優先し、準ミスUSAの第2位受賞者がミスUSAに繰り上げ当選する仕組みとなっている)。

また、以上に挙げたミス・ユニバース機構主催の3つのコンテスト優勝者には、同本部があるニューヨークのトランプ・タワーを拠点に1年間生活し、慈善奉仕活動や、各種公式行事などのプロモーション活動に出席し、世界中の慈善活動の資金提供を受ける特典及び義務を与えられるほか、記念のサッシュ(賞の名前が記されたタスキ状の布)が貸与される。

歴代のミス・ユニバース編集

Miss Universe National title 国・地域 開催地 会場
1952   アルミ・クーセラ スオミネイト フィンランド アメリカ・ロングビーチ ロングビーチ市公会堂
1953   クリスティアン・マルテル ミス・フランス フランス
1954   ミリアム・スティーブンソン ミスUSA アメリカ
1955   ヒレヴィ・ロンビン ミス・スウェーデン スウェーデン
1956   キャロル・モリス ミスUSA アメリカ
1957   グラディス・ツェンダー ミス・ペルー ペルー
1958   ルス・マリナ・スールアガ ミス・コロンビア コロンビア
1959   児島明子 ミス・ユニバース・ジャパン 日本
1960   リンダ・ビメント ミスUSA アメリカ アメリカ・マイアミビーチ マイアミビーチ市公会堂
1961   マルレーネ・シュミット ミス・ジャーマニー ドイツ
1962   ノルマ・ノーラン ベレーサ・アルゼンティーナ アルゼンチン
1963   イエダ・マリア・バルガス ミス・ブラジル ブラジル
1964   コリナ・ツォペイー ギリシャのスター ギリシャ
1965   アプサラ・ホンサクン ミス・タイランド タイ
1966   マルガレータ・アルヴィットソン ミス・スウェーデン スウェーデン
1967   シルヴィア・ヒッチコック ミスUSA アメリカ
1968   マーサ・バスコンセロス ミス・ブラジル ブラジル
1969   グロリア・ディアス ミス・ユニバース・フィリピン フィリピン
1970   マリソル・マラレ ミス・プエルトリコ プエルトリコ
1971   ジョルジーナ・リザーク ミス・レバノン レバノン
1972   ケリー・アン・ウェルズ ミス・ユニバース・オーストラリア オーストラリア プエルトリコ・ドラド ケロマール・ビーチ・ホテル Cerromar Beach Hotel
1973   マリア・マルガリータ・モラン ミス・ユニバース・フィリピン フィリピン ギリシャ・アテネ ヘロディス・アッティコス音楽堂
1974   アンパロ・ムニョス ミス・エスパーニャ スペイン フィリピン・マニラ 民俗芸術劇場
1975   アンネ=マリー・ポータモ ミス・フィンランド フィンランド エルサルバドルサンサルバドル 国立体育館
1976   リナ・メッシンガー ミス・イスラエル イスラエル 香港 リー・シアター(利舞臺)
1977   ジャネル・コミッション ミス・ユニバース・トリニダード・トバゴ トリニダード・トバゴ ドミニカ共和国サントドミンゴ 国立劇場
1978   マーガレット・ガーディナー ミス・南アフリカ 南アフリカ メキシコアカプルコ アカプルコ・コンベンション・センター
1979   マリツァ・サヤレロ ミス・ベネズエラ ベネズエラ オーストラリア・パース パース・エンターテインメント・センター
1980   ショーン・ウェザリー ミスUSA アメリカ 韓国ソウル 世宗文化会館
1981   イレネ・サエス ミス・ベネズエラ ベネズエラ アメリカ・ニューヨーク ミンスコフ劇場
1982   カレン・ダイアン・ボールドウィン ミス・ユニバース・カナダ カナダ ペルー・リマ アマウタ・コロシアム
1983   ロレーン・ダウンズ ミス・ユニバース・ニュージーランド ニュージーランド アメリカ・セントルイス キール・オーディトリアム
1984   イボンヌ・ライディング ミス・スウェーデン スウェーデン アメリカ・マイアミ ジェームズ・L・ナイト・センター・マイアミ
1985   デボラ・カーシー=デュー ミス・プエルトリコ プエルトリコ
1986   バーバラ・パラシオス ミス・ベネズエラ ベネズエラ パナマパナマシティ アトラパ・コンベンション・センター
1987   セシリア・ボロッコ ミス・ユニバース・チリ チリ シンガポール ワールド・トレード・センター
1988   ポーンティップ・ナキランカノーク ミス・タイランド タイ 台湾台北 國立體育大學綜合體育館(林口體育館)
1989   アンヘラ・フィッサー ミス・ユニバース・ネーデルラント オランダ メキシコ・カンクン ホテル・フィエスタ・アメリカーナ・コンデサ
1990   モナ・グルート ミス・ノルウェー ノルウェー アメリカ・ロサンゼルス シューバート・シアター
1991   ルピタ・ジョーンズ ミス・メキシコ メキシコ アメリカ・ラスベガス アラジン
1992   ミシェル・マクレーン ミス・ナミビア ナミビア タイ・バンコク クイーン・シリキット・ナショナル・コンベンション・センター
1993   ダヤナラ・トレス ミス・プエルトリコ プエルトリコ メキシコ・メキシコシティ ナショナル・オーディトリアム
1994   スシュミタ・セーン フェミナ・ミス・インディア インド フィリピン・パサイ フィリピン国際コンベンションセンター
1995   チェルシー・スミス ミスUSA アメリカ ナミビア・ウィントフック ウィントフック・カントリー・クラブ
1996   アリシア・マチャド ミス・ベネズエラ ベネズエラ アメリカ・ラスベガス アラジン
1997   ブルック・マヘアラニ・リー ミスUSA アメリカ アメリカ・マイアミビーチ マイアミビーチ・コンベンションセンター
1998   ウェンディ・フィッツウィリアム ミス・ユニバース・トリニダード・トバゴ トリニダード・トバゴ アメリカ・ホノルル スタン・シェリフ・センター
1999   ムプル・クェラゴベ ミス・ユニバース・ボツワナ ボツワナ トリニダード・トバゴ・チャグアラマス チャグアラマス・コンベンション・センター Chaguaramas Convention Centre
2000   ララ・ダッタ フェミナ・ミス・インディア インド キプロスニコシア エレフセリア体育館
2001   デニス・キニョーネス ミス・ユニバース・プエルトリコ プエルトリコ プエルトリコ・バヤモン ルーベン・ロドリゲス競技場
2002   オクサーナ・フョードロワ (剥奪) ミス・ロシア ロシア プエルトリコ・サンフアン ロベルト・クレメンテ・コロシアム
  ジャスティーン・パセク ミス・パナマ パナマ
2003   アメリア・ベガ ミス・ドミニカ共和国 ドミニカ共和国 パナマ・パナマシティ フィガリ・コンベンション・センター
2004   ジェニファー・ホーキンス ミス・ユニバース・オーストラリア オーストラリア エクアドルキト 南半球エクスポ・コンベンション・センター
2005   ナタリー・グレボヴァ ミス・ユニバース・カナダ カナダ タイ・ノンタブリー県 インパクト・アリーナ
2006   スレイカ・リベラ ミス・ユニバース・プエルトリコ プエルトリコ アメリカ・ロサンゼルス シュライン・オーディトリアム
2007   森理世 ミス・ユニバース・ジャパン 日本 メキシコ・メキシコシティ ナショナル・オーディトリアム
2008   ダイアナ・メンドーサ ミス・ベネズエラ ベネズエラ ベトナムニャチャン クラウン・コンベンション・センター
2009   ステファニア・フェルナンデス ミス・ベネズエラ ベネズエラ バハマナッソー アトランティス・パラダイス・アイランド
2010   ヒメナ・ナバレッテ 我らが美女メキシコ メキシコ アメリカ・ラスベガス マンダレイ・ベイ・イベント・センター
2011   レイラ・ロペス ミス・アンゴラ アンゴラ ブラジル・サンパウロ クレディカード・ホール
2012   オリビア・カルポ ミスUSA アメリカ アメリカ・ラスベガス プラネット・ハリウッド・リゾート・アンド・カジノ
2013   マリア・ガブリエラ・イスレル ミス・ベネズエラ ベネスエラ ロシア・モスクワ州クラスノゴルスク クロッカス・シティホール
2014(2015年1月)   パウリナ・ベガ ミス・コロンビア コロンビア アメリカ・マイアミ フロリダ国際大学
2015   ピア・アロンゾ・ウォルツバック英語版 ミス・ユニバース・フィリピン フィリピン アメリカ・ラスベガス プラネット・ハリウッド・リゾート・アンド・カジノ
2016(2017年1月)   イリス・ミトゥネールフランス語版 ミス・フランス フランス フィリピン・パサイ モール・オブ・アジア・アリーナ
2017   デミ=リー・ネル=ピーターズ ミス・南アフリカ 南アフリカ アメリカ・ラスベガス プラネット・ハリウッド・リゾート・アンド・カジノ
2018   カトリオナ・グレイ ミス・ユニバース・フィリピン フィリピン タイノンタブリー県 インパクト・アリーナ

近年のミス・ユニバース編集

優勝者出身国一覧編集

2018年現在

 
2012年時点までのミス・ユニバースを獲得した国の地図
優勝回数 優勝年
  アメリカ合衆国 8 1954, 1956, 1960, 1967, 1980, 1995, 1997, 2012
  ベネズエラ 7 1979, 1981, 1986, 1996, 2008, 2009, 2013
  プエルトリコ 5 1970, 1985, 1993, 2001, 2006
  フィリピン 4 1969, 1973, 2015, 2018
  スウェーデン 3 1955, 1966, 1984
  南アフリカ共和国 2 1978, 2017
  コロンビア 2 1958, 2014
  メキシコ 2 1991, 2010
  日本 2 1959, 2007
  カナダ 2 1982, 2005
  オーストラリア 2 1972, 2004
  インド 2 1994, 2000
  トリニダード・トバゴ 2 1977, 1998
  タイ 2 1965, 1988
  フィンランド 2 1952, 1975
  ブラジル 2 1963, 1968
  フランス 2 1953, 2016
  ドミニカ共和国 1 2003
  パナマ 1 2002
  ボツワナ 1 1999
  ナミビア 1 1992
  ノルウェー 1 1990
  オランダ 1 1989
  チリ 1 1987
  ニュージーランド 1 1983
  イスラエル 1 1976
  スペイン 1 1974
  レバノン 1 1971
  ギリシャ 1 1964
  アルゼンチン 1 1962
  ドイツ 1 1961
  ペルー 1 1957
  アンゴラ 1 2011
  • ミス・ユニバース機構は上記のロシア国籍女性をミス・ユニバースと認めるのを拒否するが、一般的にはこの女性は元ミス・ユニバースとして見なされることが多く、母国ロシアでも「ミス・ユニバース2002」として扱われている。
  • ミス・ユニバース2006のスレイカ・リベラは、優勝後約1年間、イベントを欠席するなどミス・ユニバースとしての仕事への態度があまり熱心でなかったことから、2008年彼女への批判があったことが判明した。だが、タイトル剥奪されることはなく、同年総合2位の日本代表・知花くらら(ナショナル・コスチューム部門最優秀賞)が、繰り上げ優勝となることはなかった。

歴代の日本代表編集

脚注編集

  1. ^ 西野基久 (2008年12月27日). “意外に知られていない!? 世界三大ミスコンの歴史と違いを探ってみた”. 日経トレンディネット. 株式会社日経BP. 2019年5月7日閲覧。
  2. ^ Prestigious Beauty Pageant (2013年11月18日). “Four Big Ships Dominate International Beauty Pageants”. Prestigious Beauty Pageants. 2013年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月15日閲覧。
  3. ^ Foreman, Jonathan (1999年1月18日). “Mistress of the Universe”. New York Post. http://pqasb.pqarchiver.com/nypost/access/68469692.html?dids=68469692:68469692&FMT=ABS&FMTS=ABS:FT&type=current&date=Jan+18,+1999&author=Jonathan+Foreman&pub=New+York+Post&desc=MISTRESS+OF+THE+UNIVERSE+-+MAUREEN+REIDY,+ONCE+DONALD+TRUMP'S+ACCOUNTANT,+HAS+TRANSFORMED+THREE+KEY+BEAUTY+PAGEANTS+FROM+TACKY+CHEESE+INTO+SLICK,+CHIC+AFFAIRS&pqatl=google 2011年2月24日閲覧。 
  4. ^ Donald Trump just sold off the entire Miss Universe Organization after buying it 3 days ago Business Insider、Sep. 14, 2015
  5. ^ “Donald Trump’s former Miss Universe pageant finds a new home — Fox”. The Washington Post. (2015年10月28日). https://www.washingtonpost.com/news/style-blog/wp/2015/10/28/donald-trumps-former-miss-universe-pageant-finds-a-new-home-fox/ 2015年10月28日閲覧。 
  6. ^ 朝日放送の50年(2000年3月)I本史 P146, P150
  7. ^ Pia Wurzbach with the Czech Crown
  8. ^ 4every1 s.r.o.. “New Miss Universe to be decorated by crown made by Czech company DIC, for the first time in the pageant’s history”. 2015年12月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月9日閲覧。
  9. ^ Jill Serjeant (2012年4月10日). “Miss Universe changes rules to include transgender women” (英語). Reuter. http://www.reuters.com/article/2012/04/10/entertainment-us-missuniverse-transgende-idUSBRE8390N320120410 2012年4月11日閲覧。 
  10. ^ ミス・カナダ失格の性転換女性、一転参加認められるも不服
  11. ^ イネス・リグロン『世界一の美女の作り方』(マガジンハウス)
  12. ^ “世界92ヵ国から美女が集結!ミス・ユニバース世界大会”. JALEE(FOXネットワークス). (2018年2月1日). http://jalee.jp/archives/5682 2018年4月19日閲覧。 
  13. ^ 知花くららが語る「ミス・ユニバースと社会貢献」サーチナニュース2009年4月24日、2011年09月14日閲覧

関連項目編集

外部リンク編集