フリント島

キリバス領の島

フリント島英語: Flint Island)は、中部太平洋に存在するキリバス領の無人島環礁)。南部ライン諸島に属する。ライン諸島最南端に位置し、キリバス最南端でもある。

フリント島
現地名:
Flint Island
NASA-FlintIsland.jpg
フリント島の衛星写真(2006年10月7日)
フリント島の位置(太平洋内)
フリント島
地理
場所 中部太平洋
座標 南緯11度25分48秒
西経151度49分9.12秒
諸島 南部ライン諸島
面積sq mi (2.6 km2)
長さ 2.5 mi (4 km)
0.5 mi (0.8 km)
最高標高 25 ft (7.6 m)
行政
区域 ライン諸島
人口統計
人口 0
人口密度 0 /km2 (0 /sq mi)
追加情報
時間帯
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2014年にキリバス政府は、南部ライン諸島の島(カロリン島(ミレニアム島)フリント島ヴォストック島マルデン島スターバック島)の周辺に12海里の禁漁区を設定した[1]

地理編集

フリント島は、ソシエテ諸島に属するタヒチ島フランス領)の北西約740キロメートル (400 nmi; 460 mi)に位置し、同じライン諸島の島ではヴォストック島南南東約190キロメートル (100 nmi; 120 mi)、カロリン島(ミレニアム島)南西約220キロメートル (120 nmi; 140 mi)に位置する。フリント島は長さ2.5マイル (4.0 km)、最も広いところで幅0.5マイル (0.8 km)である(4 km × 0.8 km (2.5 mi × 0.5 mi))。島の面積は約1平方マイル (2.6 km2)であり、最も高いところで海抜約25フィート (7.6 m)である。島の周辺は幅の狭い礁に囲まれており、安全に停泊することは困難である。

1841年2月5日アメリカ合衆国の探検遠征によれば、フリント島は密度の高い原生林に覆われていたという。しかしながら、現在フリント島の大部分は移植されたココヤシに覆われている。

歴史編集

フリント島は、1521年2月4日フェルディナンド・マゼランによる世界一周の中で発見された。この時に島は、ティブロネス島(スペイン語: Tiburonesサメの意)と記された。これは、島の周辺で多数のサメが釣られたことによる。また、同じく発見されたトゥアモトゥ諸島プカ=プカ環礁英語版[注釈 1](当時は、サン・パオロ島(スペイン語: San Paolo)と記録)と共に、インフォルトゥナダス諸島(スペイン語: Islas Infortunadas、不幸諸島の意)と名付けられた[2]。現在では疑義が持たれている説によれば、1835年に島を訪れたキーン船長に因んで名づけられたとされている。しかしながら、1819年に刊行されたアーダム・ヨハン・フォン・クルーゼンシュテルンによる『Hydrographie der grössern Ozeane』において、この島がすでにフリント島という名を持っていたのは明らかである。1856年に成立したグアノ島法においてアメリカ合衆国が領有を主張したが、実際に占領行為が行われることはなかった。

結局フリント島は、イギリス政府からホールダー兄弟とその会社英語版に貸し出された。ホールダー兄弟の会社によって、1875年から1880年の間、現場監督のジョン・T・アルンデル英語版指揮の下、フリント島の中心部でグアノ採掘が行われた。1881年からは、アルンデルとその会社に採掘事業は引き継がれた。採掘がおこなわれた場所は、それ以来汽水で満たされ、2つないしは3つの礁湖を形成した。また、アルンデルによって1881年からココヤシが移植され、1891年までコプラの生産が行われた。1911年からは、S.R.マクスウェルとその会社に貸し出され、1人の管理者と30人の作業員とで約30,000本のココヤシからコプラの生産が行われた。

1908年1月3日カリフォルニア州リック天文台からの遠征隊がフリント島で皆既日食を観測した。この皆既日食の観測は、南緯11度25分27秒 西経151度48分15秒 / 南緯11.42417度 西経151.80417度 / -11.42417; -151.80417の位置で行われた[3]

ギャラリー編集

注釈編集

  1. ^ クック諸島プカプカ島とは別の島。

脚注編集

  1. ^ Warne, Kennedy (2014年9月). “A World Apart – The Southern Line Islands”. National Geographic. 2015年5月15日閲覧。
  2. ^ Maude, H.E. "Spanish discoveries in the Pacific" Journal of the Polynesian Society, Wellington, New Zealand, 1959, Volume 68, No. 4, p 291-293.
  3. ^ The Lick Observatory-Crocker Expedition to Flint Island

外部リンク編集