バッキンガムシャー伯爵

ホバート男爵から転送)

バッキンガムシャー伯爵(英:Earl of Buckinghamshire)はイギリスの伯爵貴族グレートブリテン貴族爵位。

バッキンガムシャー伯爵
Coronet of a British Earl.svg
Arms of the Earl of Buckinghamshire

紋章記述

Quarterly 1 and 4: Argent, a saltire gules between four eagles displayed azure (Hampden); 2 and 3: Sable, an estoile of six points or between two flaunches ermine (Hobart)
創設者ジョージ2世
貴族グレートブリテン貴族
初代初代伯ジョン・ホバート
現所有者10代伯ジョージ・マイルズ・ホバート=ハムデン
相続資格初代伯の直系及び非直系男子
(1st Earl's heirs male whatsoever)
付随称号ホバート男爵
ホバート準男爵
現況存続
旧邸宅ハムデン・ハウス英語版
モットーAuctor Pretiosa Facit(The giver makes valuable);
Vestigia Nulla Retrorsum(No steps backwards)


歴史編集

 
伯爵家の旧邸宅であるハムデン・ハウス英語版
 
サー・ジョン・ホバート

バッキンガムシャー伯爵家の祖。

ホバート家勃興の祖ヘンリー・ホバート英語版(1560?-1625)民事訴訟裁判所長官英語版を務めた政治家で、彼が1611年にイングランド準男爵位の(ノーフォーク州イントウッドの)準男爵(Baronet, of Intwood in the County of Norfolk)に叙せられたことがバッキンガムシャー伯爵の嚆矢であった。彼の死後は、その息子のジョンが準男爵位を承継した[1]

第2代準男爵ジョン(1593–1647)ノーフォークケンブリッジロストウィシル英語版及びブラックリー選挙区英語版選出の長期議会議員を務めた[2]。彼には子がなかったため、爵位は甥のジョンが相続した[3]

第3代準男爵ジョン(1628–1683)はノーフォーク選挙区選出の第一第二議会議員を務めた政治家で、ジョン・ハムデンの娘メアリーと結婚している[4][5]

第4代準男爵ヘンリー(1657–1698)ホイッグ党の政治家であったほか、ボイン川の戦いではウィリアム3世の元で奮戦している。彼が1698年に決闘が原因で死去すると、爵位は長男ジョンが襲った[3][6]

第5代準男爵ジョン(1695–1756)は1728年にグレートブリテン貴族としてノーフォーク州ブリックリングのホバート男爵(Baron Hobart, of Blickling in the County of Norfolk)に叙された。ついで1746年にバッキンガムシャー伯爵(Earl of Buckinghamshire)に陛爵した[3][7]

2代伯ジョン(1723–1793)アイルランド総督王室会計監査官英語版を歴任した政治家であったが男子を残さず死去したため、爵位は異母弟ジョージが相続した[3][8]

3代伯ジョージ(1731–1804)セント・アイヴス及びベア・オルストン選挙区英語版選出の庶民院議員を務めた[9]

その長男である4代伯ロバート(1760–1816)は父の存命中の1797年に繰上勅書によってホバート男爵を承継して、貴族院議員に就任した。襲爵後にはトーリー党の有力な政治家として、陸軍・植民地大臣インド庁長官などの顕職を歴任した[10][11]

 
第4代伯ロバート・ホバート トーリー党の有力政治家。要職を歴任した。

4代伯が嗣子なく没すると、甥のジョージが爵位を襲った。

5代伯ジョージ(1789–1849)は1824年に勅許を得て、その姓に「ハムデン」を加えている[12]。彼にも子がなかったため、爵位は弟のオーガスタスが継承した[3]

6代伯オーガスタス(1793–1885)が92歳で死去すると、孫のシドニーが爵位を継いだ[3]

7代伯シドニーは1903年に勅許を得て、「ホバート=ハムデン」姓にさらに「マーサー=ヘンダーソン」を付け加えた[13]

8代伯ジョン(1906–1963)が1963年に男子なく死去したのちは、6代伯の四男の子孫にあたるヴィアがその後を襲った[3]

しかし、9代伯ヴィア(1901–1983)もまた子がなかったため、6代伯の五男の曾孫であるジョージが爵位を承継した[3]

10代伯ジョージ(1944-)が2019年現在も伯爵家当主である。

かつての一族の邸宅は、バッキンガムシャー州 グレート・ハムデン近郊に位置するハムデン・ハウス英語版(Hampden House)だった。

現当主の保有爵位編集

現当主である第10代バッキンガムシャー伯爵ジョージ・マイルズ・ホバート=ハムデンは、以下の爵位を有する[3]

一覧編集

(イントウッドの)準男爵(1611)編集

バッキンガムシャー伯爵(1746)編集

推定相続人は現当主の四従兄弟たる(第4代ラングダウンの)準男爵サー・ジョン・ヴィア・ホバート(1945-)。

推定相続人の法定推定相続人は、その息子ジョージ・ハムデン=ホバート(1982- )。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ George Edward Cokayne Complete Baronetage 1900
  2. ^ HOBART, Sir John II (1593-1647), of Blickling and Chapel Field, Norwich, Norf.”. History of Parliament Online. 2013年4月20日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i Buckinghamshire, Earl of (GB, 1746)”. Cracroft's Peerage. 2019年12月6日閲覧。
  4. ^ History of Parliament Online – John Hobart
  5. ^ George Edward Cokayne Complete Baronetage 1900
  6. ^ Collins, Arthur (1812). Sir Egerton Brydges (ed.). Collin's Peerage of England. vol. IV. London: T. Bensley. pp. 367–369.
  7. ^ Williams, James (1891). "Hobart, John (1694?-1756)" . In Lee, Sidney (ed.). Dictionary of National Biography (英語). 27. London: Smith, Elder & Co. pp. 31–32.
  8. ^ "Hobart, John (HBRT739J)". A Cambridge Alumni Database (英語). University of Cambridge.
  9. ^ Doyle, James William Edmund (1886). The Official Baronage of England, v. 1. London: Longmans, Green. p. 273. https://books.google.com/books?id=B-kIAAAAIAAJ&PA=273 
  10. ^ Hobart, Robert (1760–1816)”. Australian Dictionary of Biography, National Centre of Biography, Australian National University. 2015年12月10日閲覧。
  11. ^ Severn, John Kenneth (2007). Architects of Empire: The Duke of Wellington and His Brothers. University of Oklahoma Press. p. 60. ISBN 978-0-8061-3810-7. https://books.google.com/books?id=z8eygq2I6tEC 
  12. ^ No.18069”. The Gazette 9 October 1824. 2019年12月6日閲覧。
  13. ^ No.27518”. The Gazette 23 January 1903. 2019年12月6日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集