マハーバーラタ (テレビドラマ)

インドのテレビドラマ

マハーバーラタ (Mahabharat) は、同名のヒンドゥー教叙事詩『マハーバーラタ』に基づく、インドのテレビドラマである。

マハーバーラタ (Mahabharat)
ジャンル 神話ドラマ
原作 マハーバーラタ
脚本 パンディット・ナレンドラ・シャルマ
ラヒ・マスーム・リザ
監督 ラヴィ・チョープラー英語版
ナレーター ハリシュ・ビマニ英語版
国・地域 インドの旗 インド
言語 ヒンディー語
話数 94
各話の長さ 45分
製作
プロデューサー B・R・チョープラー
放送
放送チャンネルDDナショナル英語版
放送期間1988年10月2日 - 1990年6月24日
番組年表
関連番組Kahaani Hamaaray Mahaabhaarat Ki
Vishnu Puran
Mahabharat Katha
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ヒンディー語による全94話の連続ドラマで[1]、初回はDD Nationalにて1988年10月2日から1990年6月24日まで放送された[2]。プロデューサーはB・R・チョープラーで、彼の息子ラヴィ・チョープラー英語版が制作の指揮を務めた。楽曲はラージ・カマル英語版の作曲による。脚本はウルドゥー語詩人のラーヒー・マスーム・レザー英語版が、ヴィヤーサによる原作に基づいて制作した。番組のための衣装は、Maganlal Dresswalaによって提供された[3]

各話の放送時間は約45分で、叙情詩調の歌詞と『バガヴァッド・ギーター』にある2節から成る主題歌で始まった[4]

制作 編集

 
Arjun こと Firoz Khan(2014年2月撮影)

制作チームのメンバーだったキショール・マルホートラによれば、この連続テレビドラマの総制作費は9,000万ルピー(130万USドル)であった[5]フィローズ・カーン英語版は、オーディションには不合格となったにもかかわらず、アルジュナ (Arjun) のキャラクターの表現のためにキャスティングされた(アルジュナのヒンディー語読みであるArjun(アルジュン)の名は、後にフィローズ・カーンが芸名として借用した)[6][注釈 1]プラヴィーン・クマール英語版は、チョープラーがある俳優に対し「確固たる神話的なキャラクターを見いだせる」と評価した後で、ビーマ (Bheem) 役に選ばれた[8]ジューヒー・チャーウラーを含む6人ほどの女優がドラウパディー役の候補となったが、チャーウラーは映画の仕事を得て番組を辞退した。ラムヤ・クリシュナルーパ・ガングリー英語版が最後に残り、ヒンディー語が上手であったことから最終的にガングリーが選ばれた。ゴーヴィンダー英語版チャンキー・パーンデー英語版アビマニユ役として契約したが、彼らは映画の仕事を得て辞退した。最終的に、マスター・マユールがその役を演じた[9]。ほか、ドラマの場面や本来の叙事詩に含まれる神話などを視聴者に解説する時間も設けられ、歴史家などが毎回ドラマにゲスト出演した[10]

テレビ放送 編集

 
2016年の舞台作品に出演中のニティーシュ・バーラドワージ(2016年9月撮影)

テレビドラマ『マハーバーラタ』は、放送が始まるとたちまち人気番組となり、最高で92%もの視聴率[注釈 2]を獲得した。番組は日曜日の午前9時から放送されていたが、多くの人がテレビを視聴したため、各家庭では朝食の時間がずらされ、公共的なイベントがこの番組の時間帯を避けてスケジュールを組むことさえあった。放送時間帯はまちなかでタクシーを拾うのも困難であった。使用人のいる家庭では、通常は使用人が入れない主人の私室にあるテレビで使用人が番組を観られるように配慮されることもあったという[12]。日本の『読売新聞』の1996年の報道では、最初の放送から7年経った1996年時点でもドラマ『マハーバーラタ』の人気は衰えず、日曜日の午前11時半からの放送を国民の3分の1が視聴し、その時間帯には首都ニューデリーでも自動車の交通量が激減するほどであった[10]。なお、出演者中で最も人気のあった俳優は、クリシュナ (Krishna) 役のニティーシュ・バーラドワージ英語版であったといわれている[13]。放送当時、インドの一般市民における識字率は4割未満といわれており、ドラマは特撮映像をふんだんに用いた娯楽性の高いつくりとなった[14]

イギリスではBBCにて放送され[15]、5百万人の視聴者を獲得した[16][17]。番組はまた、1991年に改革された後のBBC2で放送された初期の番組であった[18]が、その前年にはBBC 1にて深夜番組として放送されていた[19]


家庭用メディア 編集

このテレビドラマは、そのタミル語吹き替え版と一緒にウェブサイト「Rajshri.com」にアップロードされた[20]。また、そのベンガル語吹き替え版の家庭用ビデオソフトがHeart Videoから発売された[21]

放送後 編集

テレビドラマ『マハーバーラタ』は、同じく叙事詩を題材としたテレビドラマ『ラーマーヤナ英語版』(1986年-1987年)と同様に、インドのテレビ番組において成功を収めた神話ものドラマの一つとなった。多くの出演者が番組放送期間を通して人気を博した。ムケシュ・カンナ英語版ビーシュマ (Bhishma) 役で名声を得て、自身の会社に登場人物からとった名称をつけた。ガングリーはベンガル語映画での成功した女優の一人となった[22][23]

政治・社会的影響 編集

Ananda Mitraによる「インドにおけるテレビと大衆文化」(Television and Popular Culture in India- a study of the Mahabharat. New Delhi/Thousand Oaks/London : Sage Publications, 1993.)では、ドラマ『マハーバーラタ』の政治や社会に対する影響が指摘されている。本来の叙事詩『マハーバーラタ』は、物語が語り継がれるインドの各地域の文化が反映され、各地域ごとに異なるイメージでとらえられていた。クリシュナ神への信仰にも地域ごとの違いがあった。ところが全国ネットで放送されたこのドラマは、叙事詩の『マハーバーラタ』の地域ごとのイメージをヒンドゥー至上主義に結びつく1つのイメージで上書きし統一化していき、クリシュナ信仰のあり方も一元化に向かわせていったという。また、多神教のヒンドゥー教には中心的な存在がなかったが、ドラマに登場したクリシュナのイメージがその中心的な位置づけを得たという。こうした影響は、ドラマ『マハーバーラタ』の前にドラマ『ラーマーヤナ』が放送されていた頃からみられていた。これらのテレビドラマは、ヒンドゥー原理主義の台頭を招き、原理主義者による一般市民への宣伝に利用され、ヒンドゥー教の排外主義(例えば1992年アヨーディヤー・モスクの襲撃[注釈 3])に繋がったとも指摘されている。ヒンドゥー原理主義の勢力拡大の結果、ヒンドゥー至上主義を掲げるインド人民党が1988年の総選挙で大幅に議席を伸ばし[24]、1996年の総選挙では当時の与党・国民会議派を破って第1党となった[10]。そして1998年には他党との連立政権を樹立した[24]。このインド人民党の躍進も、ドラマ『マハーバーラタ』人気が追い風となったともいわれている[10]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ Firoz Khanはムスリムであったため、テレビドラマとはいえヒンドゥー教文化のもとパーンダヴァ役での出演は好ましくなかったことから、アルジュンの芸名を名乗ったという[7]
  2. ^ ただし、ドラマ『マハーバーラタ』が最初に放送された頃はテレビを保有する家庭がまだ少なく、ドラマを視聴したのはインドの全人口のうち約1億1,500万人程度と見込まれている。インドの経済発展が始まったのは、ドラマの最初の放送が終わってから1年以上経った1991年半ばからであった[11]
  3. ^ 英語版記事「Demolition of the Babri Masjid」(バーブリー・マスジド倒壊事件)を参照。

出典 編集

  1. ^ B.R. Chopra (Indian filmmaker) – Britannica Online Encyclopedia”. Britannica.com. 2012年8月10日閲覧。
  2. ^ McLain, Karline (2009). India's immortal comic books: gods, kings, and other heroes. Indiana University Press. p. 46. ISBN 978-0-253-22052-3 
  3. ^ “Behind the scenes: Dress designers to actors & deities”. The Tribune. (2003年4月20日). http://www.tribuneindia.com/2003/20030420/spectrum/main5.htm 2013年6月2日閲覧。 
  4. ^ Title Song Lyrics from the TV Series Mahabharat, (September 21, 2013), http://www.talkativeman.com/title-song-from-the-tv-series-mahabharat-hindu-epic/ 2014年12月1日閲覧。 
  5. ^ Mahabharat Ki Mahabharat: The Making of B.R. Chopra's "Mahabharat"
  6. ^ Madhur Tankha (2012年8月29日). “Mahabharat’s Arjun gets blacklisted!” (英語). The Hindu. 2016年12月18日閲覧。
  7. ^ 前川 2000, p. 270.
  8. ^ ‘Bheem’ waiting for a special role” (英語). Today's Paper. The Hindu (2009年1月12日). 2016年12月18日閲覧。
  9. ^ “Actors talk about what went into making Mahabharat in 1988”. Hindustan Times. http://www.hindustantimes.com/tv/actors-talk-about-what-went-into-making-mahabharat-in-1988/story-W5i1GX9wqpY25Pijoa1NaI.html 2016年5月6日閲覧。 
  10. ^ a b c d 島崎雅夫 (1996年5月14日). “[異国のTV]インド 総選挙にも影響!? 「マハーバーラタ」が人気”. 読売新聞 東京夕刊: p. 6 
  11. ^ 前川 2000, p. 265.
  12. ^ 前川 2000, p. 264.
  13. ^ 前川 2000, p. 274.
  14. ^ 坂元隆 (1991年3月27日). “聖書物語 インド国営TVが野心作 少数派キリスト教に脚光”. 読売新聞 東京夕刊: p. 7 
  15. ^ BBC Genome:Mahabarat - transmission times”. 2015年10月1日閲覧。
  16. ^ Epic Hindi Language Series Mahabharata Launches Exclusively on Rogers OMNI Television Channels In Ontario and British Columbia” (英語) (2005年8月9日). 2008年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月18日閲覧。
  17. ^ Mark Jones (2013年6月7日). “The Returned: how British TV viewers came to lose their fear of subtitles” (英語). 2016年12月18日閲覧。
  18. ^ The TV Room”. The TV Room (1991年2月16日). 2010年9月1日閲覧。
  19. ^ The TV Room”. The TV Room. 2010年9月1日閲覧。
  20. ^ Mahabharat on the net”. The Hindu (2006年12月22日). 2016年12月18日閲覧。
  21. ^ Mahabharat now in Bengali” (英語). The Hindu (2012年2月20日). 2016年12月18日閲覧。
  22. ^ Bishwanath Ghosh (2015年7月25日). “Ideology vs. stature” (英語). MAGAZINE. The Hindu. 2016年12月18日閲覧。
  23. ^ Madhur Tankha (2015年5月8日). “No child's play” (英語). The Hindu. 2016年12月18日閲覧。
  24. ^ a b 前川 2000, pp. 275-276.

参考文献 編集

関連資料 編集

  • 田中敏雄 「連続テレビドラマ『マハーバーラタ』を観る」、『ヒンディー文学』 第6号、日本ヒンディー文学会、p.78-93、2012年7月。NAID 40019397333

外部リンク 編集