マハーバーラタ

マハーバーラタの作者とされるヴィヤーサ
馬車に乗ったアルジュナと親友のクリシュナ(青い人物)
クルクシェートラの戦いを描いた図

マハーバーラタ』(サンスクリット語: महाभारतम् Mahābhārata)は、古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩ヒンドゥー教の聖典のうちでも重視されるものの1つで、グプタ朝の頃に成立したと見なされている[注釈 1]。「マハーバーラタ」は、「バラタ族の物語」という意味であるが、もとは単に「バーラタ」であった。「マハー(偉大な)」がついたのは、神が、4つのヴェーダとバーラタを秤にかけたところ、秤はバーラタの方に傾いたためである[2]

ラーマーヤナ』とともにインド二大叙事詩と称され、インド神話を構成する重要な文献の一つある。また、世界3大叙事詩の一つともされる(他の二つは『イーリアス』『オデュッセイア』)。

目次

作者編集

作中人物の1人でもあるヴィヤーサの作と見なされている[3]が、実際の作者は不明である。

特徴編集

原本はサンスクリットで書かれ、全18巻、100,000詩節[注釈 2]、200,000行を超えるとされる。これは聖書の4倍の長さに相当する[注釈 3]

物語は世界の始まりから始まる。その後、物語はパーンダヴァ族とカウラヴァ[注釈 4][注釈 5](この二つを合わせてバラタ族(バーラタ))の争いを軸に進められ、物語の登場人物が誰かに教訓を施したり、諭したりするときに違う物語や教典などが語られるという構成で、千夜一夜物語と似た構成になっているが、大きな相違点としてパーンダヴァ王家とカウラヴァ王家の争いの話自体が語られる物語であることがあげられる。 数々の宗教書も『マハーバーラタ』の物語の登場人物をして語らせることも多く、『バガヴァッド・ギーター』は著名な部分であり、宗教上、特に重視されている。

内容編集

パンチャーラ国にはドルパダ王子と仲の良いドローナという少年がおり、ヴェーダをともに学んでいた。やがてドルパダは国王になると、ドローナに「幼い頃は我らの間に友情があったが、国王とそうでない者との間に友情は成り立たない」と諭した。ドローナはパンチャーラ国を後にするとクル族パーンダヴァ国に入り、やがて首都のハスティナープラ英語版で腰を落ち着けた。ある日、5人の王子達が困っているところに出くわし助けたところ、請われてある条件と引換に教師になることに同意した。弟子には、5人の王子達(ユディシュティラビーマアルジュナナクラサハデーヴァ)の他にカルナが居た。ドローナは彼らに戦い方を教えると、かねてからの約束通り、ドルパダ王を捕らえるように願い出た。弟子達はパンチャーラ国に攻め入り、ドルパダ王を捕まえた。ドローナが「国王とそうでない者との間に友情は成り立たないのだから、君の国を奪ったのだよ」と言い放ったが、ドルパダ王の懇願を受け入れ、ガンジス川の北をドルパダ王に返還し、南にドローナの国を作ってパンチャーラ国を分割した。ドルパダ王はいつかこの屈辱を晴らすためにヤグナ英語版を行うと、双子の兄妹(ドゥリシュタデュムナドラウパディー)が生まれた。

ドラウパディーが絶世の美女に成長すると、ドルパダ王は花婿選びを開催した。カルナは優れた弓の名手ではあったがクシャトリヤ以上の階級という条件に合わなかったため拒否された。パーンダヴァの5王子を亡き者にしようとするカウラヴァの卑劣な策略にから逃げ延び、身分を隠して参加していたアルジュナが勝利すると、パーンダヴァの5王子はドラウパディーを連れて家に帰った。アルジュナの母クンティーは忙しくしていたため、アルジュナがドラウパディーの花婿選びで勝ったという5王子の報告を、托鉢して施物を集めてきたものと勘違いし、兄弟で等しく分かち合うよう言った。こうしてドラウパディーは5王子が共有する妻になった。また、アルジュナは転生したインドラである。

ユディシュティラが大きくなると、父王パーンドゥの跡を継いでいた叔父の盲目王ドゥリタラーシュトラ英語版クル国の半分をユディシュティラに与えた。ユディシュティラはカーンダヴァ森英語版インドラプラスタ英語版の王宮に住むようになった。盲目王の子ドゥルヨーダナは5王子の幻想宮殿を訪ねたとき、水の中に落ちてしまい、ドラウパディーの女中達がそれを喜んで眺めた。元々次の国王は自分だと思っていたドゥルヨーダナは、この扱いに激怒して陰謀を巡らす。ドゥルヨーダナこそ悪魔カリ英語版の転身である。ドゥルヨーダナの怒りを知ったビーシュマは、首都ハスティナープラ英語版を分割してユディシュティラに与え、平和を維持することを提案した。カウラヴァシャクニ英語版が謀ったサイコロ賭博事件英語版が起こり、ユディシュティラは全てを巻き上げられ、王国も失ってしまう。ユディシュティラは、妻ドラウパディーすら賭けで失い、彼女は奴隷にされた。かつて身分の違いを理由に袖にされたカルナは、罪の無い彼女が男たちに裸にされ、辱しめをうけようとすることに加担し、奴隷女と罵った。

サイコロ賭博事件の結果、5王子は13年間に渡る森の中での逃亡生活を強いられた。

その後、パーンダヴァ王家は5王子達カウラヴァ王家からの王国奪還を要求し対立が深まった。アルジュナが師ドローナに弓引く戦争をためらっていると、いとこのクリシュナが自分の正体がヴィシュヌであることを証し、「道徳的義務を遂行する自分のダルマを果たすべきで、友人や知人の死で苦しんではならない。彼らは肉体の死によってその病んだ魂を純粋平和な世界へ開放することが出来るのだから」と説いた(『バガヴァッド・ギーター』)。

クルクシェートラの戦い英語版でカウラヴァ王家は全滅する。カルナはアルジュナによって殺され、昇天して太陽神スーリヤと一体化した。ドゥルヨーダナはビーマに殺された。ドローナは、ユディシュティラに捕まえられたところをドゥリシュタデュムナに殺され、悲報を聞いたアルジュナは師の死を悼んだ。

神話の受容編集

東南アジアにおける受容編集

 
『マハーバーラタ』の作者ヴィヤーサが象神ガネーシャに神話を語る現代的な表現
(インド・カルナータカ州

東南アジアではインド二大叙事詩『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』は共に王権(クル族を祖先とする王家の正統性)を強調するものとして翻案され、支配階級のみならず民衆の間でも親しまれている。ベトナム(チャンパー)の碑文やインドネシア(ジャワ、バリ)の古典文学およびワヤン・クリットにおいてはクル族両王家のうちカウラヴァ方への共感が見られる。7世紀のチャンパー碑文によればチャンパーとカンボジアの王はカウラヴァのアシュヴァッターマン王子(ドローナの槍の継承者)の子孫である。ジャワにおける翻案(古ジャワ語文学(カウィ文学))ではパーンダヴァ方の血統でありながらカウラヴァ方についたカルナ(ジャワ語カルノ)がアルジュナ(ジャワ語アルジュノ)と共に二人の主人公と目され、カルノは心はパーンダヴァにありながら、カウラヴァを滅ぼすためにカウラヴァについたと改変されている。

創作か事実か編集

『マハーバーラタ』に限らず神話は創作か、事実を基にした物語か問題になることが多い。『マハーバーラタ』に記された「インドラの雷」の描写は、現代の核兵器を想起させる。このため『ラーマーヤナ』とともに、超古代文明による古代核戦争説の証拠とみなす者もいる[7]。しかし、創作の場合でも登場するのがであることから、核兵器に匹敵する能力が描写されていたとしても不思議は無いというのが一般的な考え方である。

出版情報編集

日本で出版されたもののみ記す。

日本語訳編集

 
ヤクシャガーナ《民族舞踏劇》のクリシュナ(インド・カルナータカ州)
英訳版からの重訳。
逐語的な原典完訳、一般読書人にも評価が高かったが、8巻目の中途(全11巻予定)で訳者急逝により未完。1巻には訳者上村勝彦による詳細な解説がある。

概要本編集

  • 『マハーバーラタ』 全3巻、C・ラージャーゴーパーラーチャリ原訳、奈良毅田中嫺玉訳、第三文明社〈レグルス文庫〉、新版:第三文明選書
  • 『インド集 筑摩世界文学大系(9)』 辻直四郎編、筑摩書房
  • 『マハーバーラタ戦記 - 賢者は呪い、神の子は戦う』 マーガレット・シンプソン、PHP研究所、2002年(概要書中で一番俗っぽいが、一番読み易く、また入手しやすい)
  • 『マハバーラト』 全4巻 池田運訳、講談社出版サービスセンター、2006-09年(自費出版)

部分訳編集

  • 山際素男 『マハーバーラタ インド千夜一夜物語』 光文社光文社新書〉、2002年(上記、三一版の抜粋書)
  • 山際素男 『踊るマハーバーラタ 愚かで愛しい物語』 光文社新書、2006年、同上
  • 鎧淳訳 『マハーバーラタ―ナラ王物語、ダマヤンティー姫の数奇な生涯』、岩波書店岩波文庫〉、1989年
    ※『バガヴァッド・ギーター』は、多くの訳書・論考がある(詳しくはバガヴァッド・ギーターを参照)

論考書籍編集

  • 上村勝彦 『インド神話 - マハーバーラタの神々』 東京書籍、1981年、ちくま学芸文庫、2003年
  • 中村了昭 『マハーバーラタの哲学 - 解脱法品原典解明』(上・下)、平楽寺書店、1998年
  • ドゥ・ヨング 『インド文化研究史論集 欧米のマハーバーラタと仏教の研究』、塚本啓祥訳、平楽寺書店、1986年
  • 前川輝光 『マハーバーラタの世界』 めこん、2006年
  • 沖田瑞穂 『マハーバーラタの神話学』 弘文堂、2008年
  • 『バガヴァタ ヴァーヒニ - クリシュナの奇蹟』 サティヤ・サイ・ババ サティヤサイ出版協会(ISBN 978-4916138620

創作編集

小説編集

パスティーシュ小説「マハーバーラタ」を収録。著者がインド滞在中に視聴したテレビドラマ版への言及もある(文庫版pp. 44-46.)。

戯曲作品編集

  • 『マハーバーラタ』 ジャン=クロード・カリエール、笈田勝弘・木下長宏共訳、白水社 1987年
    ピーター・ブルック演出による演劇上演のために、上演可能な形に脚色した。上演時間は9時間。
  • 『若きアビマニュの死』 戯曲集『仮面の聲』に収録、遠藤啄郎 新宿書房 1988年
    松本亮『続 ジャワ影絵芝居孝 マハーバーラタの蔭に』を原作とした作品、一挿話を取り上げて戯曲化。
  • 『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』 青木豪脚本、宮城聰演出の新作歌舞伎
    2017年10月、歌舞伎座で日印友好交流年の記念として上演[8]
演じられるマハーバーラタ(インド・バナスタリプラン)


映像作品編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 成立年代は一般に、紀元前4世紀頃から紀元後4世紀頃とされている[1]
  2. ^ マハーバーラタの「批判版」によれば7万5千詩節弱である。これに「付録」を付け加えると9万詩節を超える[4]
  3. ^ ホメロスの二大叙事詩を合わせても2万7千行あまりである[5]
  4. ^ バラタ王の孫であるクル王の後裔をクル族(カウラヴァ)という[6]
  5. ^ パーンダヴァ族とカウラヴァ族を合わせてバラタ族(バーラタ)といい、マハーバーラタは要するにバラタ族(バーラタ)の同族の大戦争の空しさ(寂静の情趣)を主題とした物語である。

出典編集

参考文献編集

原典資料編集

  • 『マハーバーラタ 原典訳 1 第1巻(1-138章)』 上村勝彦訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2002年1月ISBN 978-4-480-08601-3
  • 『マハーバーラタ 第1巻 序の巻 集会の巻』 山際素男編訳、三一書房、1991年11月ISBN 978-4-380-91520-8

二次資料編集

関連書籍編集

関連項目編集

外部リンク編集

日本語

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