ムガル帝国の君主

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ムガル帝国の君主(Mughal emperors)では、1526年から1858年まで続いた北インドムガル帝国の君主を代数順に説明している。

概要編集

1526年ティムール朝の一族バーブル第一次パーニーパットの戦いでローディー朝を倒し、ムガル帝国を創始した。皇帝の称号はティムール朝時代から使用していたパーディシャー(パードシャー)を使用した。

以降、1858年に最後の君主バハードゥル・シャー2世インド大反乱で捕えられてイギリスに廃されるまで、パードシャーの称号は使用された。また、ムガル帝国はバハードゥル・シャー2世の治世まで一貫してティムールを始祖と仰いでいた。

一覧編集

代数 肖像 名前 生年 在位 没年 備考
初代   バーブル
بابر
1483年 1526年 - 1530年 1530年 パーニーパットの戦い
ムガル帝国の建国
第2代   フマーユーン
ہمایوں
1508年 1530年 - 1540年
1555年 - 1556年
1556年 スール朝による支配中断
第3代   アクバル
اکبر اعظم
1542年 1556年 - 1605年 1605年 第二次パーニーパットの戦い
ラージプートとの同盟
ジズヤの廃止
ディーネ・イラーヒーの創始
第4代   ジャハーンギール
جہانگیر
1569年 1605年 - 1627年 1627年 第一次ムガル・サファヴィー戦争
第5代   シャー・ジャハーン
شاہ جہان اعظم
1592年 1627年 - 1658年 1666年 第二次ムガル・サファヴィー戦争
タージ・マハルの建設
第6代   アウラングゼーブ
(アーラムギール)
عالمگیر
1618年 1658年 - 1707年 1707年 シヴァージーの反抗
ヒンドゥー教への弾圧
ジズヤの復活
デカン戦争
帝国の領土最大
第7代   バハードゥル・シャー1世
(シャー・アーラム)
بہادر شاہ
1643年 1707年 - 1712年 1712年
第8代   ジャハーンダール・シャー
جہاندار شاہ
1661年 1712年1713年 1713年 ズルフィカール・ハーンによる改革(ジズヤの廃止など)
第9代   ファッルフシヤル
فرخ سیر
1685年 1713年 - 1719年 1719年 サイイド兄弟による政治
第10代   ラフィー・ウッダラジャート
رفیع اُد درجات
1699年 1719年 1719年
第11代   ラフィー・ウッダウラ
(シャー・ジャハーン2世)
شاہ جہاں دوم
1696年 1719年 1719年
第12代   ムハンマド・シャー
محمد شاہ
1702年 1719年 - 1748年 1748年 サイイド兄弟の排除
宰相・諸州の太守独立
マラーター王国によるデリー攻撃
ナーディル・シャーによるデリー略奪・破壊
第13代   アフマド・シャー
احمد شاہ بہادر
1725年 1748年 - 1754年 1775年
第14代   アーラムギール2世
عالمگیر دوم
1699年 1754年 - 1759年 1759年
第15代   シャー・アーラム2世
شاہ عالم دوم
1728年 1759年 - 1806年 1806年 第三次パーニーパットの戦い
ブクサールの戦い
第二次マイソール戦争
イギリスの保護下に入る
第16代   アクバル2世
اکبر شاہ دوم
1760年 1806年 - 1837年 1837年
第17代   バハードゥル・シャー2世
بہادر شاہ دوم
1775年 1837年 - 1858年 1862年 インド大反乱によりビルマへ追放
ムガル帝国の滅亡

系図編集

 

参考文献編集

  • 辛島昇 『新版 世界各国史7 南アジア史』 山川出版社、2004年。 
  • フランシス・ロビンソン、月森左知訳 『ムガル皇帝歴代誌 インド、イラン、中央アジアのイスラーム諸王国の興亡(1206年 - 1925年)』 創元社、2009年。 
  • ビパン・チャンドラ、栗原利江訳 『近代インドの歴史』 山川出版社、2001年。 
  • アンドレ・クロー、杉村裕史訳 『ムガル帝国の興亡』 法政大学出版局、2001年。 

関連項目編集