ラーゴ (スコットランド)

ラーゴ (Largo) は、アッパー・ラーゴ英語版(別名カークトン・オブ・ラーゴ Kirkton of Largo)、ローワー・ラーゴ英語版ランディン・リンクス英語版からなる、スコットランドファイフのパリッシュ。隣接するパリッシュは、西にスクーニー英語版、北にシーリーズ英語版、東にニューバーン英語版キルコンカー英語版がある。ラーゴ湾 (Largo Bay) に沿って 2¾マイル(およそ4.4km)の海岸線がある。このファイフ南側の海岸線から、北の内陸方向に3マイルから4½マイル(およそ4.8kmから7.2km)ほど広がっている[1]。面積は、7,378エーカー(およそ2987ha)である[2]

ラーゴ
Largo Law 001.jpg
アッパー・ラーゴ英語版より1マイル北にあるパリッシュ最高地点のラーゴ・ロー
ラーゴの位置(ファイフ内)
ラーゴ
ラーゴ
ファイフにおけるラーゴの位置
人口2,524人 
英式座標
NO4171402564
カウンシル・エリア
レフテナンシー・エリア
構成国スコットランドの旗 スコットランド
イギリスの旗 イギリス
郵便地域LEVEN
郵便番号KY8
市外局番01333
警察スコットランド
消防スコットランド
救急医療スコットランド
欧州議会スコットランド
英国議会
スコットランド議会
場所一覧
イギリス
スコットランド
北緯56度12分50秒 西経2度56分28秒 / 北緯56.214度 西経2.941度 / 56.214; -2.941座標: 北緯56度12分50秒 西経2度56分28秒 / 北緯56.214度 西経2.941度 / 56.214; -2.941
アッパー・ラーゴの入口。チリファン・フェルナンデス諸島ロビンソン・クルーソー島と姉妹提携していることが告げられている。

パリッシュの東端に近いところには、953フィート(およそ290m)のラーゴ・ロー (Largo Law) があり[3]、この火山に由来する円錐形の丘の頂上からは広く周辺一帯や、フォース湾の対岸にあるロージアン地方が展望できる。ラーゴ・ローの西には深い峡谷があって、小川が流れており、このパリッシュを南北2マイル(およそ3.2km)にわたって縦断している[1]

ラーゴという地名は、ゲール語で丘の斜面を意味する「Learg」に由来しており、当地がラーゴ・ローの斜面上にあることを指している[4]

このパリッシュの教会は、ウッパー・ラーゴにあり、1817年に建設されたものであるが、その土台の石組みの一部は、1623年に建てられた以前の教会のものが流用されている[5]。教会の西側の脇に建っている牧師館は、1760年代に建てられ1822年に増築されたものと考えられている[6]

かつては、カークトン・オブ・ラーゴ(アッパー・ラーゴ)の教会から1マイル(1.6km)ほど西にあるラーゴ・ハウス (Largo House) という屋敷の地所が、パリッシュ内の相当の部分を占めていた。ラーゴ男爵領 (Barony of Largo) は、1482年スコットランド王ジェームズ3世によって、イングランドとの海戦に勝利を収めた功によって、海軍司令官サーアンドリュー・ウッドに与えられた。サー・アンドリューは、自分の屋敷から教会のそばまで運河をつくり、毎週日曜日に自分の艀(バージ)で教会に通えるようにしたという[1]。この運河の痕跡は、牧師館の背後に認められる[6]

1750年に建てられたラーゴ・ハウスは[5]、廃墟が残るだけである。かつて第二次世界大戦中には、ポーランド軍第1独立落下傘旅団英語版がここに本部を置き、1951年には、地元の不動産課税を免れるために屋根が撤去された[7](同様のことはダルカラン城英語版でも起こった)。ラーゴ・ハウスのすぐ西、ランディン・リンクスの近くには、かつて、マルカム4世がフィリップ・ド・ルンダン (Philip de Lundin) に与えた男爵領に由来するランディン・ハウス (Lundin House) があった[1]

パリッシュの北部には、ニュー・ギルストン (New Gilston) の村があり、アッパー・ラーゴから3マイル (およそ4.8km) ほど北に位置し、その周辺は農地に囲まれている。この村は、ファイフで最も人口が多い村である。小村(ハムレット)であるウッドサイド (Woodside) は、そのすぐ西隣りにある[8]

1755年当時のパリッシュの人口は 1,396人で[1]、その後1801年には 1,867人、1951年には 2,500人と増加した[9]。行政パリッシュの2011年の人口は 2,524人であった[10]

スコットランドの地方行政区画としての行政パリッシュは、1929年に廃止されたが[11]、国勢調査の統計区として、その後も使用され続けている。

ラーゴ地域コミュニティ評議会 (Largo Area Community Council) は、概ねかつての行政パリッシュの範囲に加えて、東隣のニューバーン (Newburn) を含む範囲を管轄している[12]。同様に、今では教会の小教区もラーゴとニューバーンが統合されている[6]

脚注編集

  1. ^ a b c d e History of the County of Fife Vol.3, by John Leighton, 1840, p. 129
  2. ^ Gazetteer of Scotland, publ, by W & AK Johnston, Edinburgh, 1937. Article on Largo. Places are presented alphabetically
  3. ^ Ordnance Survey map Dundee and St Andrews One Inch to One Mile, publ. 1927
  4. ^ The Fife Post web site, retrieved February 2016
  5. ^ a b New Statistical Account of Scotland - Vol. Fife and Kinross, by Ministers of their respective parishes, Publisher: William Blackwood, 1845, p. 434
  6. ^ a b c See the web site of the parish church retrieved January 2016
  7. ^ retrieved January 2016
  8. ^ See website of Largo Community Council retrieved January 2016
  9. ^ Vision of Britain web site accessed 3 February 3, 2016
  10. ^ Census of Scotland 2011, Table KS101SC – Usually Resident Population (See “Standard Outputs”, Table KS101SC, Area type Civil Parish 1930), National Records of Scotland, accessed March 2016
  11. ^ Local Government (Scotland) Act 1929
  12. ^ Largo area map”. largo-area-cc.org.uk. 2016年2月6日閲覧。