三木 愛花(みき あいか、1861年5月14日文久元年4月5日) - 1933年(昭和8年)2月6日)は、明治・大正期の新聞記者、ジャーナリスト。本名、三木貞一。

人物編集

1861年上総国生まれ。田中従吾軒の門下[1]で「朝野新聞」「東京公論」記者などを経て萬朝報に入社、1923年まで活動した[2]相撲通として知られ相撲雑誌に記事を執筆するなど相撲記者の先駆けでもあった。

1908年に刊行された将棋雑誌「将棊新報」の主筆を務め、1909年に関根金次郎を中心に設立された将棋同盟社では世話役を務めるなど、将棋界にも貢献した。

著作に戯文「東都仙洞綺話」などがある。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ inudaisho (1531559723). “秘密保持条項 (附) 田中従吾軒・三木愛花の『蕩寇志』の訳本『続水滸伝』” (日本語). メモ@inudaisho. 2021年5月30日閲覧。
  2. ^ 日本人名大辞典+Plus, デジタル版. “三木愛花とは” (日本語). コトバンク. 2021年5月30日閲覧。