中根 駒十郎(なかね こまじゅうろう、1882年11月13日 - 1964年)は、日本の編集者。佐藤義亮と共に新潮社を創業し、「新潮社の大番頭」と呼ばれた[1]

経歴編集

愛知県矢作村(現・岡崎市)生まれ[1]。1895年、郷里の小学校卒業後、上京し、姉の龍子の夫である佐藤義亮新声社に18歳で入社、『新声』の編集に当たる。負債のため『新声』が譲渡され、1904年、佐藤が新潮社を興し文芸雑誌として『新潮』を創刊すると、中村武羅夫とともに編集主幹となり、田山花袋田口掬汀らの寄稿を得て、大正期には博文館の『太陽』、春陽堂書店の『新小説』などと並ぶ文芸雑誌として成長させた。新潮社の専務取締役を務めた。

1916年、『文章倶楽部』を創刊、楢崎勤らを後継者として育て、1943年に退職。1960年7月から12月まで「駒十郎随聞」を『図書新聞』に連載した。夏目漱石芥川龍之介谷崎潤一郎などと親しんだ。

漱石の妻・鏡子の旧姓は中根だが特に関係はない。

脚注編集

  1. ^ a b 佐藤浩太郎「わたしが編集長 (54) 新潮社と中根駒十郎」 『中日新聞』2017年2月12日付朝刊、三河版、22面。

参考文献編集

  • 豊田健次「中根駒十郎」『時代を創った編集者101』新書館
  • 中根駒十郎 「駒十郎随聞」 『図書新聞』1960年7月~12月連載

関連項目編集