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日本 > 宮城県 > 石巻市 > 中瀬 (石巻市)

中瀬(なかぜ[3]、なかせ)は宮城県石巻市旧北上川河口にある島(中州)である。通称マンガッタン島[4]

中瀬
日和山から見た中瀬
日和山から見た中瀬
中瀬の位置(宮城県内)
中瀬
中瀬
中瀬の位置
北緯38度25分41.81秒 東経141度18分39.43秒 / 北緯38.4282806度 東経141.3109528度 / 38.4282806; 141.3109528
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Miyagi Prefecture.svg 宮城県
市町村 Flag of Ishinomaki, Miyagi.svg 石巻市
地域 石巻本庁
地区 石巻地区
人口
2018年(平成30年)9月30日現在)[1]
 • 合計 2人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
986-0823
市外局番 0225[2]
ナンバープレート 仙台

石巻における造船業や文化面での中心地だった。2011年(平成23年)に発生した東日本大震災で被災し、一部の建築物を除いてほとんどの建物が津波によって流失した。今後、中瀬は全域が公園として整備される予定である。

目次

歴史編集

中瀬は江戸時代から造船のための土地として利用されてきた。宝暦年間(1751年から1764年)に北上川の改修が行われたが、この時、中瀬は特別に残された。中瀬の上流側に、小中瀬と上中瀬があったが、これらは明治時代の末までに水没したと言われている。1882年(明治15年)に中瀬と川の両岸を結ぶ内海橋が開通してからは、ここに芝居小屋が置かれ、中瀬は石巻における産業、文化の拠点の一つとなった。昭和30年代以降になると次第に造船業が縮小していき、1973年(昭和48年)には造船所の跡地を活用した公園が建設された。江戸時代の慶長遣欧使節が渡航で使ったサン・ファン・バウティスタ号の復元船は、1993年(平成5年)に中瀬で進水したものである。この頃の中瀬は、住宅や商店、劇場、料亭、造船所、鉄工所などが混在する地域だった[5][6]

2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で発生した津波により、中瀬は甚大な被害を受けた。石巻市は中瀬を震災からの復興の象徴と位置づけ、その全域を公園として整備する計画を立てている[5][6]

主な施設編集

石ノ森萬画館編集

石ノ森萬画館は、石巻ゆかりの漫画家・石ノ森章太郎を記念して2001年に開業した地上3階建てのテーマパーク。英文名称は「Ishinomaki Mangattan Museum」(いしのまきマンガッタンミュージアム)。タウンマネジメント機関「街づくりまんぼう」が経営・運営している。貴重な原画約4,000点を保管している他、仮面ライダー等数々の代表作のキャラクター像が展示されている。

2011年3月11日の東日本大震災では、津波が1階天井部分まで到達する事態となり、長期休館となった[7]。その間も再開に向けて復興支援基金を募ったり、「マンガッタン祭り」などのイベントで復興支援を行った。2012年11月17日再開館[8]

石巻岡田劇場編集

 
岡田劇場

石巻岡田劇場(いしのまきおかだげきじょう)は、中瀬3番地2号に所在した映画館劇場である。「有限会社オカダプランニング」が運営していた。

この劇場の起源は江戸時代の幕末まで遡る。当時、魚の行商から身を起こし鮮魚商となった千葉源七が自身の店に寄席小屋を併設した。これが石巻で初となる芝居小屋「千葉座」である。千葉座は、江戸から歌舞伎一座や落語家、講談師を招いて興行にあたり、活況を呈した。千葉座は中瀬に移り、1886年(明治19年)には内海橋の架橋で尽力した内海五郎兵衛が経営する「内海座」となった。その後、1891年(明治24年)に岡田谷組八城重兵衛の手に渡り「岡田座」となった。岡田座は芝居小屋として賑わいを見せるが、太平洋戦争中に空襲対策で建物の取り壊しを余儀なくされた[9][10]

1946年(昭和21年)に岡田座は再建され、1949年(昭和24年)には映画上映を開始したのを機に岡田劇場と名を変えた[10](座席数:312席)。やがて石巻市内にシネマコンプレックスが開業し、その影響で2007年(平成19年)頃からは不定期営業となった[10]。この頃、映画『エクレール・お菓子放浪記』のロケに使用された。2011年(平成23年)には岡田座時代の建物に似せる改装工事を行ったが、その完成の5日後である3月11日に、東北地方太平洋沖地震が発生し、その津波によって建物は全壊した[10]。劇場自体はなくなったが、運営会社オカダプランニングの社長夫妻は九死に一生を得て、2011年10月現在、石巻市内で巡回上映会を不定期に行っている[10]

旧館全壊前には劇場の正面入口付近に「岡田座思い出五人衆」として美空ひばりジャイアント馬場三波春夫由利徹、そして仮面ライダーのマスクを持った石ノ森章太郎が描かれた壁画が展示されていた。石ノ森は少年時代、出生地の登米郡石森町(現:登米市中田町石森)から自転車で2時間かけて同劇場へ映画を観に行ったという[11]

中瀬マリンパーク編集

 
中瀬マリンパークの自由の女神像

高さ約10メートルの自由の女神像(FRP製)が設置されているが東日本大震災により、片足部分が欠損した[12][13]

その他編集

 
石巻ハリストス正教会「聖使徒イオアン会堂」

脚注編集

  1. ^ 人口” (日本語). 石巻市 (2018年10月8日). 2018年10月21日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  3. ^ 中瀬の郵便番号”. 日本郵便. 2012年10月15日閲覧。
  4. ^ “「石ノ森萬画館」17日再オープン!1年8か月ぶりの復活”. スポーツ報知. (2012年11月17日). http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20121117-OHT1T00006.htm 
  5. ^ a b 中瀬公園基本計画の策定(石巻市)2016年03月31日更新、2018年7月28日閲覧。
  6. ^ a b 中瀬公園基本計画 (PDF) (石巻市)2016年03月31日更新、2018年7月28日閲覧。
  7. ^ 石ノ森萬画館(石巻市)/全国の声援 再開の力に - 河北新報ニュース(2011年9月14日付の記事)
  8. ^ 石ノ森萬画館あす再開”. 朝日新聞 (2012年11月16日). 2012年11月17日閲覧。
  9. ^ 『石巻の歴史』第2巻通史編(下の2)447-448頁。
  10. ^ a b c d e 岡田劇場の歴史(岡田劇場)2018年7月28日閲覧。
  11. ^ 【立ち上がるヒーローの地】石巻市と石ノ森章太郎(中)消えた岡田劇場 - msn産経ニュース(2011年6月17日付の記事)
  12. ^ 石巻で被災した自由の女神像 取り壊しも保存も決まらぬ現状
  13. ^ 難逃れた石巻の「自由の女神」、復興目指す被災地見守る

参考文献編集

  • 石巻市史編さん委員会 『石巻の歴史』第2巻通史編(下の2) 石巻市、1998年。

外部リンク編集