石巻市

日本の宮城県の市

石巻市(いしのまきし)は、宮城県の北東部に位置するである。県内第二の人口を擁する。

いしのまきし
石巻市
Ishinomaki montage.JPG
石巻市旗 石巻市章
石巻市旗 石巻市章
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
市町村コード 04202-1
法人番号 1000020042021 ウィキデータを編集
面積 554.58km2
総人口 139,070[編集]
推計人口、2021年1月1日)
人口密度 251人/km2
隣接自治体 東松島市登米市遠田郡涌谷町美里町牡鹿郡女川町本吉郡南三陸町
市の木 クロマツ
市の花 ツツジ
他のシンボル -
石巻市役所
市長 亀山紘
所在地 986-8501
宮城県石巻市穀町14番1号
北緯38度26分3.3秒東経141度18分9.8秒
石巻市役所新庁舎(2010年4月撮影)
市庁舎位置
外部リンク 公式ウェブサイト

石巻市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

 表示 ウィキプロジェクト

旧北上川河口の伊寺水門(いしみなと)から発展[1] した、太平洋に面する港町であり、石巻都市圏の中心都市でもある。

地理編集

 
石巻市街地を貫流する旧北上川

2005年平成17年)の広域合併により、市域はそれまでの旧北上川下流域から、牡鹿郡女川町を除く三陸海岸南端、牡鹿半島一帯まで広がった。市のほぼ中央を旧北上川が南北に縦断し、概ね旧北上川を境に土地利用や第一次産業の構造に変化が見られる。

市街地は主に旧北上川河口に広がっており、旧北上川の中州である中瀬地区から石巻駅にかけての地域が中心市街地である。

旧北上川右岸から西側の河南地区桃生地区仙台平野の東端部に位置し、石巻平野と北上川がもたらした肥沃な土壌から稲作を中心とした農業が盛んである。一方の旧北上川左岸から東の地域は北上山地とリアス式海岸によって複雑な地形をしており、平地が少ないため農業は西部と比べて割合は低い。東部では漁業石巻湾内での養殖業などが盛んである。市の中央部の上品山には牧場があり、周辺では畜産業も行われている。

金華山沖(三陸沖)は、黒潮暖流)と親潮寒流)がぶつかる潮目として世界三大漁場の一つとなっており、200種類以上の魚が獲れる。漁場に近い本市は全国でも有数の水産都市となっており、石巻漁港の2019年の水揚げ量は約10万トンで日本国内第5位である[2]。市内の万石浦カキの養殖法が開発され、世界中に広がった。

1984年(昭和59年)撮影の石巻市中心部と石巻港周辺の空中写真。画像上部中央に石巻駅が見える。中州を経て海に注ぐ河川は旧北上川。画像上部中央から左下へ斜めに伸びる水路は北上運河である。画像左下部の大規模な掘込式港湾は石巻工業港、旧北上川河口を挟んで東側にある港湾は石巻漁港である。1984年撮影の21枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

人口編集

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、8.46パーセント減の147,214人であり、増減率は県下35市町村中28位、40行政区域中33位。

 
石巻市と全国の年齢別人口分布(2005年) 石巻市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 石巻市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

石巻市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


歴史編集

 
日和山公園(石巻城跡)。

石巻地方に人が住み始めた歴史は旧石器時代まで遡る。市内の丘陵には沢山の貝塚が発見されていることから縄文時代には既に人々が集団生活を送っていたと考えられている。
仁徳天皇の治世になると石巻地方伊寺水門(いしみなと)という名称で歴史の表舞台に現れる。日本書紀仁徳55年条によると『蝦夷叛く。田道を遣して撃たしむ。則ち蝦夷の為に敗られて、伊寺水門に死す(現代語訳:勅命で征夷の軍を率いて蝦夷たちと戦った上毛野田道将軍が伊寺水門にて戦死した)』とある[5][6]
奈良時代には蝦夷朝廷が対立し、牡鹿柵桃生城が造られ、平安時代征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷を屈服させたことにより、石巻も朝廷の支配下に入る。
鎌倉時代になると葛西三郎清重が初代奥州総奉行に命じられる。 戦国時代、石巻の日和山に戦国大名葛西氏日和山城を築いた。のちに葛西氏は大崎氏に対抗するため伊達氏と同盟を結んだ。当時、葛西氏は大崎氏と共に、奥州では伊達氏蘆名氏に次ぐ勢力を誇った。しかし、葛西氏は大崎氏などと共に小田原征伐に参陣しなかった責任を取らされて、豊臣秀吉奥州仕置によって取り潰され、葛西氏と大崎氏の旧領には木村吉清が入った。一方、小田原に参陣して秀吉に服属した伊達氏は征服地のほぼ全てを没収された。伊達政宗は葛西・大崎の旧家臣を扇動して葛西大崎一揆を起こさせたが、これは豊臣秀吉に露見した。政宗は改易を免れたものの、今の福島県、宮城県南部、山形県南部から、おおよそ宮城県全域と岩手県南部へ転封させられた。こうして石巻地方は伊達氏の領地となった。

 
サン・ファン・バウティスタ号の復元船。

慶長18年(1613年)に仙台藩初代藩主の伊達政宗はスペイン帝国との通商交渉のためにスペイン本国およびローマ法王庁支倉常長を正使とする慶長遣欧使節を派遣した。政宗は当時スペイン領だったメキシコとの太平洋貿易を計画しており、石巻近くの港でサン・ファン・バウティスタ号を建造して石巻の月の浦から出航させたものの、スペインとの通商は実現しなかった。

伊達政宗は仙台領内の新田開発を目指し、川村孫兵衛に命じて北上川の流れを変える大工事を行った。こうして北上川は現在の石巻港付近で太平洋につながった。

江戸時代の石巻港は、北上川水運によって南部藩領からもが下り、河川舟運海運との結節点として、日本海側の酒田港と列んで奥羽二大貿易港として全国的に有名であった。また、東北地方太平洋岸の海運拠点として、千石船による江戸(のちの東京)との交易も盛んで、江戸期の長い期間において石巻港から江戸へで送られた米は、江戸市中で流通する米の半数を占めたと言う。藩政時代には名実ともに仙台藩の経済の中心地であった。また旧仙台藩内で唯一貨幣鋳造を許され、現代でも「鋳銭場」という地名石巻駅前に残っている。日本人として最初の世界一周を成し遂げた津太夫一行は石巻港を拠点としていた。寛政5年(1793年)に津太夫らを乗せた若宮丸は石巻を出発して江戸に向かったが漂流し、当時ロシア帝国領だったアリューシャン列島に漂着してロシアで10年程過ごした後、遣日使節のニコライ・レザノフらの船に乗って文化元年(1804年)に世界一周を成し遂げ、同年長崎に帰国し、文化3年(1806年)にようやく帰郷した。

戊辰戦争で敗北した仙台藩が、明治元年表高62万から28万石に知行域を減らされた際、牡鹿郡桃生郡本吉郡は仙台藩から分離され、高崎藩の取締地になった。明治2年7月に、これら3郡は明治政府直轄の桃生県となり、一箇月後には石巻県と名を変えた。明治3年9月に石巻県は涌谷に県庁を置く登米県に併合され、石巻には県庁の出張所が置かれた[7][8]明治4年4月に政府は小倉西海道鎮台と共に、石巻に東山道鎮台を設置することを決めたが、同年8月に、鎮台は東京、大阪熊本、仙台に置くことと改められた[9]。県の再編はこの後も続き、1876年(明治9年)に現在に至る宮城県の領域が確定する。

高度経済成長期に至るまで、船運が鉄道トラック流通に置き換わっていったため、港の機能は沿岸漁業から遠洋漁業まで対応する漁港として発達。造船所や石巻工業港の建設によって第二次産業も発達した。旧北上川河口沿岸は、江戸時代からの港町として「川湊」と呼ばれ、花街が形成されるほど栄えた[10]。これらの産業基盤によって都市化が進み、商業などの第三次産業労働者が多くを占め、宮城県東部の商業拠点となった。

都市圏人口もバブル景気までは増え続けたが、1970年代から中心街の川湊エリアは空洞化の兆しが見え始めていた。北洋漁業など向け大型化して吃水が深くなった漁船に対応するため魚市場が1974年に海岸沿いへ移転。買い物客も郊外大型店に流出した[10]

旧北上川下流は、「川が見えなくなる」という住民の意見から堤防整備が遅れており、2011年の東日本大震災では津波で大きな被害を受けた。震災後は、眺望に圧迫感がない高さで、上部を遊歩道にする形式で堤防を建設。川や海と共存する街づくりを進めている。2017年には観光物産施設「いしのまき元気いちば」が開業した[10]

いしのまきし
石巻市
廃止日 2005年4月1日
廃止理由 新設合併
石巻市(旧)、桃生郡桃生町河南町河北町北上町雄勝町、牡鹿郡牡鹿町 → 石巻市(新)
現在の自治体 石巻市(新)
廃止時点のデータ
  日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
隣接自治体 桃生郡河南町、河北町、矢本町、牡鹿郡女川町、牡鹿町
石巻市役所
所在地 宮城県
 表示 ウィキプロジェクト

経済編集

 
石巻信用金庫の本店。

石巻市の主要な産業は、水産業と県下第二の集積を見せる商業である。また、造船業製紙パルプ業なども盛んである。全ての業種で、労働集約型産業から知識集約型産業への転換が進められ、過剰労働力が流出している。流出を食い止めるためには観光が有力であるが、温泉が出ない土地であるため、客単価の高い宿泊客獲得には現時点では困難で、水産業を生かしたグルメを主要コンテンツとする日帰り観光地としての開発が主流となっている。

近年は、バイパス道路沿いの中里・蛇田・大街道などに、大型店を始めとする域外資本のロードサイド店舗が多数進出し、特に三陸自動車道石巻河南ICを中心とした蛇田・あけぼの地区は県内では仙台市周辺地域に次ぐ商業集積を見せるようになり、登米市大崎市の一部までも含む県東部の広範囲を商圏としている。

蛇田・あけぼの地区の商業集積により、集客力が激減した石巻駅前の百貨店さくら野東北2008年(平成20年)1月、撤退を決め、同年4月27日に閉店した(撤退後の建物に石巻市役所が入居)。また、石巻駅の北(駅裏側)を貫通する市道の中里バイパス沿いで営業していたイトーヨーカドー石巻中里店が2009年(平成21年)8月、翌年1月の閉店を決め、27年の歴史に幕を降ろすこととなった[15][注釈 1]

新たな集客施設および税収増を狙って、2005年(平成17年)から2006年(平成18年)にかけて競艇場外券売り場施設「オラレ」を中心市街地に誘致しようとしたが、市民の総意も理解も得られていない。

地域編集

地区編集

郵便局編集

  • 雄勝郵便局(集配局)
  • 荻浜郵便局(集配局)
  • 河南郵便局(集配局)
  • 鹿又郵便局(集配局)
  • 河北郵便局(集配局)
  • 広淵郵便局(集配局)
  • 桃生郵便局(集配局)
  • 渡波郵便局(集配局)
  • 稲井郵便局
  • 石巻湊郵便局
  • 橋浦郵便局
  • 樫崎郵便局
  • 神取郵便局
  • 石巻水明郵便局
  • 石巻中央一郵便局
  • 石巻立町郵便局
  • 石巻旭町郵便局
  • 石巻大街道郵便局
  • 蛇田郵便局
  • 石巻双葉町郵便局
  • 石巻山下郵便局
  • 網地島郵便局
  • 和淵郵便局
  • 石巻鹿妻郵便局
  • 大川郵便局
  • 北上郵便局
  • 陸前相川郵便局
  • 石巻門脇郵便局
  • 船越郵便局

簡易郵便局

  • 田代島簡易郵便局
  • 伊原津簡易郵便局
  • 青葉簡易郵便局
  • 浜江場簡易郵便局
  • 大須浜簡易郵便局

郵便番号は985及び986[16]

電話編集

市外局番は0225[17]

宿泊施設編集

  • 石巻グランドホテル

医療機関編集

道の駅編集

文化編集

 
石ノ森萬画館の建物

石巻市は、宮城県登米郡石森町出身の漫画家石ノ森章太郎の協力を得て「石巻マンガランド基本構想」を策定し、「萬画」を活かした創造性ある街造りに取り組んでいる。その一環として、石ノ森萬画館の最寄り駅である石巻駅、および石ノ森萬画館までの道「マンガロード」では数々の石ノ森章太郎作品のキャラクターを見ることができる。

音楽編集

アマチュアの楽団として石巻市民交響楽団がある。石巻市民交響楽団は1956年昭和31年)に石巻市民管弦楽団として発足した組織を前身として、1976年(昭和51年)に発足した。ファミリーコンサートや定期演奏会を開催している[18]

市の歌編集

  • 石巻市民歌 - 1933年(昭和8年)制定
  • 作詞:野口初枝
    新設合併前の(旧)石巻市が市制を施行した際に制定された市歌である。石巻地域合併協議会では市歌に関する取り決めは特に行われていないため現在の地位が不明確であるが、引き続き演奏されている。
  • 石巻風景 - 1933年(昭和8年)発表
  • 作詞:佐藤露江
    市歌制定時に併せて募集された新民謡で、市民愛唱歌とされている。
  • 石巻賛歌 わがふるさと石巻 - 1983年(昭和58年)発表
  • 作詞:人見朋子
    市制50周年記念歌。

市民憲章編集

2008年平成20年)4月1日に制定された。
内容は以下の通りである[19]

太陽の恵みを受け、太平洋と北上川に育まれた「日高見の国」。
わたしたちはこの美しい郷土を愛し、笑顔あふれる希望のまちをつくり伝えるため、ここに市民憲章を定めます。
  • まもりたいものがある それは 生命のいとなみ 豊かな自然
  • つたえたいものがある それは 先人の知恵 郷土の誇り
  • たいせつにしたいものがある それは 人の絆 感謝のこころ
  • わたしたちは 石巻で生きてゆく 共につくろう 輝く未来

スポーツ編集

スポーツ団体編集

スポーツ施設編集

行政編集

歴代市長 (新)石巻市

行政機関編集

  • 石巻市役所
    • 支所…蛇田、稲井、渡波、荻浜
    • 総合支所…雄勝、牡鹿、河南、河北、北上、桃生
    • 出張所…大原

官公庁編集

立法編集

市議会編集

  • 定数:30名
  • 議長:大森秀一(無会派)
  • 副議長:遠藤宏昭(ニュー石巻)
会派名 議席数 議員名(◎は代表)
ニュー石巻 12 ◎阿部欽一郎、阿部久一、奥山浩幸、高橋憲悦、遠藤宏昭、楯石光弘、佐藤雄一、阿部浩章、安倍太郎、木村忠良、森山行輝、丹野清
創生会 10 ◎千葉眞良、千葉正幸、山口荘一郎、星雅俊、青山久栄、高橋栄一、青木まりえ、西條正昭、阿部正敏、後藤兼位
公明会 3 ◎渡辺拓朗、櫻田誠子、鈴木良広
日本共産党石巻市議団 2 ◎水澤冨士江、齋藤澄子
無会派 3 阿部和芳、黒須光男、大森秀一

大森秀一議員はニュー石巻に所属していたが、合併後の第11代議長就任により無会派となった[20][21]

宮城県議会(石巻・牡鹿選挙区)編集

  • 定数:5名
氏名 会派名
本木忠一 自由民主党・県民会議
齋藤正美 自由民主党・県民会議
佐々木喜藏 自由民主党・県民会議
三浦一敏 日本共産党宮城県会議員団
坂下賢 みやぎ県民の声

※2020年10月18日現在。

マスメディア編集

新聞編集

雑誌編集

  • 『石巻学』(こぶし書房発行、東日本大震災後の2015年創刊)[23]

コミュニティFM局編集

教育編集

 
石巻専修大学の本館

大学編集

高等学校編集

県立編集

市立編集

中学校編集

湊中学校は、文部科学省が推進する「学力向上フロンティア」指定校(フロンティアスクール)である。

小学校編集

 
石巻市立谷川小学校閉校記念碑。震災被害により、2012年3月に閉校、大原小学校に統合された。

特別支援学校編集

幼稚園編集

公立編集

  • 石巻市立住吉幼稚園
  • 石巻市立湊幼稚園
  • 石巻市立稲井幼稚園
  • 石巻市立河北幼稚園
  • 石巻市立桃生幼稚園

私立編集

  • 石巻カトリック幼稚園
  • 石巻みづほ幼稚園
  • 石巻みづほ第二幼稚園
  • 穀町幼稚園
  • 長浜幼稚園
  • ひばり幼稚園
  • 法山寺幼稚園
  • 万石浦幼稚園

姉妹都市・友好都市編集

ひたちなか市茨城県
1996年(平成8年)1月に旧石巻市と姉妹都市締結。石巻市の新設合併に伴い2006年(平成18年)2月13日に改めて締結。互いの都市が江戸時代から海運の拠点だったことを縁として結ばれた[24]
河北町山形県西村山郡
2001年(平成13年)1月14日、旧河北町(桃生郡)と同じ地名が縁で友好都市締結[24]
萩市山口県
2016年(平成28年)4月8日に友好都市協定締結。江戸時代に北上川を改修した川村重吉の出身地が、現在の山口県萩市に当たることを記念して結ばれた[24]
チヴィタヴェッキア市(イタリアラツィオ州[24][25][26]
1971年(昭和46年)10月12日に姉妹都市締結。支倉常長慶長遣欧使節団の出発地、上陸地という縁による。日本とイタリアの姉妹都市協定としては4番目に古い。支倉常長像は姉妹都市交流20周年を記念して建立された。姉妹都市交流40周年を迎えた2011年10月11日、支倉常長像前で姉妹都市交流40周年記念式典が催された。式典に先立ち、同年3月11日に発生した東日本大震災の追悼ミサが日本聖殉教者教会で行われた。震災の影響で石巻市関係者の出席は叶わず、代わりに駐イタリア日本大使が一連の行事に出席した。震災後にチヴィタヴェッキアとフェラーリが石巻市に義援金を送り、全額が市内2か所の児童放課後クラブの再建に役立てられた。フェラーリの義援金は新型車フェラーリ・FFの日本1号車をオークションにかけたものである。
チュニジア共和国
桃生町にチュニジアの留学生がホームステイをしたのが、きっかけとなり国と旧桃生町が姉妹都市となった。
温州市中華人民共和国浙江省
2005年(平成17年)11月17日に友好都市提携[24][27]

姉妹港・友好提携港

エバレット港(アメリカ合衆国ワシントン州

交通編集

鉄道編集

 
石巻駅の駅舎。

道路編集

 
宮城県道240号の一部となっている日和大橋

高速道路

  • E45 三陸自動車道
東松島市内に (10) 石巻港ICが設置されている。

一般国道

県道

バス編集

路線バス編集

市内の一般路線バスは、主に宮城交通の地域子会社であるミヤコーバスが担当している。

運行系統など詳細は「ミヤコーバス石巻営業所」を、石巻駅前のりばについては「石巻駅」を参照。

高速バス編集

三陸自動車道の開通により、仙台や東京とを結ぶ路線が近年整備されている。

以下に、市内から発着する高速路線バスを列挙する。

  • 仙台方面行
    • ミヤコーバス 仙台 - 石巻線(石巻中心部、蛇田地区より)
      〔石巻、蛇田、イオン石巻から片道800円。icscaおよびSuica等の交通系ICカードが使用可能〕
    • 東日本急行 仙台 - とよま線(河北地区より)
      〔河北(追波川運動公園)から片道900円、往復1,600円〕
  • 東京(渋谷・新宿)方面行
    • 宮城交通・京王電鉄バス 広瀬ライナー号(石巻駅前より)
      〔石巻から東京新宿まで片道4,600〜8,600円、往復割引はなし〕

バス高速輸送システム(BRT)編集

乗合タクシー編集

定期航路編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

歴史的建造物・史跡編集

 
石巻ハリストス正教会の旧会堂

景勝地・レジャー編集

 
牧山あやめ園

博物館・テーマパーク編集

 
おしかホエールランドに展示されていた捕鯨船。

祭り・イベント編集

  • 名振のおめつき(旧雄勝町・1月)
  • サン・ファン祭り(渡波・5月)
  • 石巻川開き祭り(旧市内・8月)
  • 石巻かほく杯ヨットレース
  • サマーフェスタ・イン・かほく(旧河北町・8月)
  • いしのまき大漁まつり(魚市場・10月)
  • 和渕互市(旧河南町・12月)
  • いしのまき復興マラソン

伝統芸能編集

名産編集

その他編集

石巻市出身の有名人編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ イトーヨーカドー石巻中里店跡地には、ヨークタウン石巻中里が2011年11月11日開店した。

出典編集

  1. ^ 「みなと石巻」の歴史 宮城県ウェブサイト(2020年11月8日閲覧)
  2. ^ 「水産業 市の支柱/水揚げ棟 国内最大級」『読売新聞』朝刊2020年8月11日(特別面)
  3. ^ 硯上山 けんじょうさん ヤマケイオンライン(山と渓谷社)2020年11月8日閲覧
  4. ^ 硯上山(宮城・石巻市)[信頼性要検証]YamaReco(2020年11月8日閲覧)
  5. ^ 石巻漁港の概要
  6. ^ 『古代地名大辞典 本編』角川文化振興財団編集。平成11年3月10日初版、平成11年11月30日三版角川書店発行。 - 2020年12月6日閲覧。
  7. ^ 『石巻の歴史』第2巻通史編(下の2)28-29頁。
  8. ^ 『石巻の歴史』第2巻通史編(下の2)37頁。
  9. ^ 『石巻の歴史』第2巻通史編(下の2)43頁。
  10. ^ a b c 【大震災 再生の歩み 2020年8月】様変わりした石巻市の「川湊」川と共生 新たな模索『読売新聞』朝刊2020年8月11日(特別面)
  11. ^ 石巻地域合併協議会 慣行の取扱いについて
  12. ^ 『図典 日本の市町村章』 p35
  13. ^ ■新庁舎へ引っ越し大作戦 段ボール箱だけで1万2,000個 石巻市 あす夜、第1次移転開始 8日から窓口業務先行『石巻かほく』2010年3月4日
  14. ^ ■協働へ弾み 庁舎完全移転 石巻市 事務部門も業務開始 駅周辺整備に期待 亀山市長「まちづくり元年に」『石巻かほく』2010年3月24日
  15. ^ “石巻初の郊外型店1月に撤退”. 石巻かほく. (2009年8月30日). オリジナルの2011年5月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110520033739/http://www.sanriku-kahoku.com/news/2009_08/i/090830i-yokado.html 
  16. ^ 郵便番号検索:宮城県石巻市 2020年10月19日閲覧。
  17. ^ 以下の中から市外局番をお探し下さい。0225 宮城県石巻市)[信頼性要検証](2020年11月8日閲覧)
  18. ^ オーケストラ・プロフィール(石巻市民交響楽団)2020年10月18日閲覧。
  19. ^ 石小教職員スタンダード(2020年10月27日閲覧)
  20. ^ 石巻市議会/会派別議員紹介(2020年11月8日閲覧)に「(注)大森秀一議員は、ニュー石巻に所属しておりましたが、議長就任により無会派となりました。」とある。
  21. ^ 『いしのまき市議会だより』(2020年10月18日閲覧)
  22. ^ 石巻日日新聞(2020年11月8日閲覧)
  23. ^ 「石巻学」第5号が完成 文学特集、震災後の動きも紹介『河北新報』2020年9月20日(2020年11月8日閲覧)
  24. ^ a b c d e 姉妹都市・友好都市(石巻市)2020年4月29日閲覧。
  25. ^ I dati della citta' - チヴィタヴェッキア公式サイト
  26. ^ 姉妹提携データ”(自治体国際化協会)2020年4月29日閲覧。
  27. ^ 姉妹提携データ”(自治体国際化協会)2020年4月29日閲覧。
  28. ^ 仙石東北ラインの快速列車は朝の1往復のみ停車する。
  29. ^ 旧石巻ハリストス正教会教会堂(聖使徒イオアン会堂)”. 石巻市教育委員会生涯学習課 (2020年8月11日). 2020年11月28日閲覧。
  30. ^ a b 旬の魚介類
  31. ^ 水の郷百選 宮城県石巻市-ロマンあふれる水の都・石巻 - 2021年1月4日閲覧。
  32. ^ 2020年度SDGs未来都市等提案書(提案様式1) 石S推第13号 令和2年2月26日 - 2021年1月30日閲覧。

参考文献編集

  • 石巻市史編さん委員会『石巻の歴史』第2巻通史編(下の2)石巻市、1998年。

関連項目編集

外部リンク編集