中田 弥平(彌平、なかだ やへい、1864年元治元年2月[1][2]) - 1928年昭和3年)5月25日[2])は、日本の政治家衆議院議員(2期)。

経歴

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加賀国能美郡浅井村(のち石川県能美郡苗代村、現・小松市)出身[1]。農業を営む。1883年自由党に加入し[1]石川県会議員、同参事会員となる[1][2]

1898年3月の第5回衆議院議員総選挙において石川2区から自由党公認で立候補して当選する[3]。同年8月の第6回衆議院議員総選挙では憲政党公認で立候補して当選した[4]。衆議院議員を2期務め、1902年第7回衆議院議員総選挙は不出馬。1928年に死去した。

脚注

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  1. ^ a b c d 山崎謙 編『衆議院議員列伝』衆議院議員列伝発行所、1901年、295頁。NDLJP:778032 
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』446頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』26頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』31頁。

参考文献

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  • 『衆議院議員列伝』山崎謙編、衆議院議員列伝発行所、1901年。
  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。