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中野 逍遥(なかの しょうよう、慶応3年2月11日1867年3月16日) - 明治27年(1894年11月16日)は日本の漢詩人。本名は重太郎。字(あざな)は威卿。別号に狂骨子など。

略歴編集

伊予国宇和島賀古町(現・愛媛県宇和島市)に生まれる。南予中学、大学予備門(後の一高)より東京大学漢文科に進学。大学同窓に夏目漱石正岡子規らがいた。明治27年(1894年)、同科第一回の卒業生となる。つづいて研究科に残ったが、同年秋、急性肺炎で病没。享年28。

その死を惜しんだ宮本正貫・小柳司気太らが中学・大学時代10年間の漢詩等を集め、一周忌に「逍遥遺稿」(正編・外編)を出版した。制約の多い漢詩に恋愛感情を自由奔放に歌いこむ詩風は、島崎藤村吉井勇らにも影響を与えている。

宇和島市の和霊公園に、下記の詩の碑がある。なお忌日は川崎宏によって「山茶花忌」と命名された。

道情
擲我百年命  我が百年の命を擲ち
換君一片情  君が一片の情に換へん
仙階人不見  仙階 人見えず
唯聴玉琴声  唯だ玉琴の声を聴く

関連書籍編集

  • 「訳文 逍遥遺稿 附原文笹川臨風・金築松桂訳・校訂、岩波文庫、1929年、新版復刊1994年
  • 「中野逍遙の詩とその生涯-夭折の浪漫詩人」愛媛県文化振興財団(執筆担当は川崎宏)
  • 新日本古典文学大系明治編2 漢詩文集」杉下元明校注、岩波書店、2004年
  • 二宮俊博「明治の漢詩人 中野逍遥とその周辺」知泉書館、2009年
  • 『逍遙遺稿 明治の青春と狂熱 漢詩人・中野逍遙』 川九洸・竹屋敷康誠編著、明星印刷工業、2012年