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仙石 久行(せんごく ひさゆき)は、但馬出石藩の第4代藩主。出石藩仙石家7代。

 
仙石久行
時代 江戸時代中期
生誕 宝暦3年10月28日1753年11月22日
死没 天明5年9月17日1785年10月19日
改名 友之助(幼名)→久行
戒名 大慈院殿仁譲徳程大居士
墓所 兵庫県豊岡市出石町下谷の経王寺
官位 従五位下、兵部少輔
幕府 江戸幕府
主君 徳川家治
但馬出石藩
氏族 仙石氏
父母 父:仙石久近、母:樹林院木俣氏
養父:仙石政辰
正室明子照慈院仙石政辰の娘)
側室玉浄院関根氏
久道

生涯編集

宝暦3年(1753年)10月28日、出石藩仙石本家の分家である2000石の旗本である仙石久近の三男として生まれる。世嗣だった政芳が早世したため、明和7年(1770年)に本家の第3代主・仙石政辰養子となり、安永4年(1775年)4月に政辰の娘・明子と結婚した。安永8年(1779年)に政辰が死去したため、家督を継いだ。天明2年(1782年)、藩校を弘道館と命名し、講師に伊藤善韶を招いた。藩主就任6年後の天明5年(1785年)9月17日に出石で死去した。享年33。跡を長男の久道が継いだ。