伊東茂平

日本の服飾デザイナー

伊東 茂平(いとう もへい、1898年〈明治31年〉9月5日 - 1967年〈昭和42年〉2月3日)は、日本の服飾デザイナー[1][2]。洋裁学校の設立や『婦人画報』への洋裁記事の執筆などで日本における洋裁の啓蒙に努めた[3]。独自の婦人服裁断法を考案し[1]、その作図法は伊東式と呼ばれた[2]

経歴

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大分県に生まれる[4][注釈 1]。1916年(大正5年)、慶應義塾大学部法律科を卒業[4][1]。独学で洋裁を学び、1929年(昭和4年)、東京琴平町(虎ノ門)にイトウ洋裁研究所を設立[4][3][注釈 2]。1932年、『婦人画報』新年号に洋裁記事を初掲載[4]

1935年(昭和10年)、大阪梅田にイトウ洋裁研究所を設立[4][1]。1940年(昭和15年)、芝区三田に伊東衣服研究所を設立[4][1]。1941年、横浜と名古屋にも研究所を設立[4]。1944年、戦時体制により各所の研究所を閉鎖する[4]

1946年(昭和21年)、世田谷区成城に伊東衣服研究所を設立[1][注釈 3]。大阪、名古屋の研究所を再開[4]。同年、雑誌『私のきもの』を創刊(1961年に『モード・エ・モード』に誌名変更)[3]

1948年(昭和23年)に発足した日本デザイナークラブ(NDC)の顧問を引き受ける[5][4]

1952年(昭和27年)、東京中野に女子美術洋裁学校を開設[4][2]

1954年(昭和29年)2月から1960年(昭和35年)8月までの日本航空(JAL)2代目制服、および1960年(昭和35年)8月から1967年(昭和42年)3月までの3代目制服のデザインを担当[6][7][注釈 4]

1955年、日本デザイン文化協会(NDK)の名誉会員となる[9]

1956年(昭和31年)10月、帝国ホテルにて伊東茂平・孝によるモードショーを開催、その作品の一部を一般向けの既製服として、高島屋や西武デパートなどで発表・展示[9]。1957年、産経服飾文化賞を受賞[9][注釈 5]

1958年、新宿区若宮町に西武学園を開校[9]。1959年より装苑賞の審査員となる[9]。1959年(昭和34年)、工業用ボディ「ICA型」を開発[3]

1963年(昭和38年)、帝国ホテルで「伊東茂平氏の洋裁研究四十五年を祝う会」が開催[1]。1964年に開催される東京オリンピックユニフォームのデザインおよび製作の指導に当たる[9]

1967年(昭和42年)2月3日、68歳で死去[2]。生涯の功績に対して、勲四等瑞宝章・従五位を贈られる[9]

1996年(平成8年)に婦人画報社より『伊東茂平 美の軌跡』が刊行された[11]

受賞歴

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著書

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  • 伊東茂平、伊東孝 著『私の洋裁教室 : 部分縫の技術全書』 婦人画報社、1949年、全国書誌番号:49002213
  • 伊東茂平、伊東孝 著『続 私の洋裁教室』 婦人画報社、1950年、全国書誌番号:50000517
  • 伊東茂平、伊東孝 著『伊東式・洋裁研究(伊東茂平洋裁研究)』上・下巻、婦人画報社、1962年[12]

脚注

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注釈

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  1. ^ 福岡県出身としている資料もある[2]
  2. ^ 1932年(昭和7年)に東京芝に伊東洋裁研究所を設立とする資料もある[1]
  3. ^ 1945年(昭和20年)に東京にイトウ衣服研究所を設立とする資料もある[3]
  4. ^ トンボによれば、昭和35年から42年の5号制服が伊東茂平のデザインとされている[8]
  5. ^ 1956年の第1回では遠藤政次郎杉野芳子田中千代が選ばれている[10]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h 伊東 茂平」『日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)』https://kotobank.jp/word/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%20%E8%8C%82%E5%B9%B3コトバンクより2022年11月13日閲覧 
  2. ^ a b c d e 伊東茂平」『講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus』https://kotobank.jp/word/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E8%8C%82%E5%B9%B3コトバンクより2022年11月13日閲覧 
  3. ^ a b c d e 青幻舎 2021, p. 81.
  4. ^ a b c d e f g h i j k 美の軌跡 1996, p. 174.
  5. ^ うらべ 1982, p. 70-71.
  6. ^ 制服の歴史-JAL客室乗務員”. JAL企業サイト. 2022年11月24日閲覧。
  7. ^ 【制服図鑑(客室乗務員編)】2、3代目はシンプルな襟なしジャケット デザインはファッション界の先達、伊東茂平氏 日本航空(JAL)”. 産経新聞 (2018年2月11日). 2022年11月24日閲覧。
  8. ^ 日本の制服・ユニフォーム”. 株式会社トンボ. 2022年11月24日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h i 美の軌跡 1996, p. 175.
  10. ^ 1956年 |ファッション産業年表”. ファッションビジネス学会. 2022年12月14日閲覧。
  11. ^ 伊東茂平美の軌跡”. 和洋女子大学学術情報センターOPAC. 2022年11月24日閲覧。
  12. ^ 伊東式・洋裁研究”. CiNii 図書. 2022年11月13日閲覧。

参考文献

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  • うらべ・まこと『流行うらがえ史 - モンペからミニ・スカートまで』文化出版局、1982年3月14日。 NCID BN05635060 
  • 『伊東茂平 美の軌跡』婦人画報社、1996年1月。 NCID BN14557263 
  • 島根県立石見美術館・国立新美術館 編『ファッション イン ジャパン 1945-2020 流行と社会』青幻舎、2021年3月20日。ISBN 978-4-86152-781-4 

関連項目

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