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伊藤繁雄(いとう しげお、1945年1月21日 - )は、日本卓球選手。

伊藤繁雄 Table tennis pictogram.svg
基本情報
生年月日 (1945-01-21) 1945年1月21日(74歳)
選手情報
グリップペンホルダー
 
獲得メダル
卓球
日本の旗 日本
世界卓球選手権
1969 ミュンヘン 男子シングルス
1969 ミュンヘン 男子団体
1969 ミュンヘン 男子ダブルス
1969 ミュンヘン 混合ダブルス
1971 名古屋 男子シングルス
1971 名古屋 男子団体
1975 カルカッタ 男子ダブルス
1975 カルカッタ 混合ダブルス
■テンプレート ■プロジェクト:卓球 ■選手一覧

山口県周南市生まれ。専修大学卒業。1969年世界選手権で男子シングルス、男子団体優勝の2冠に輝いた。生まれつき左利きであるが、現役を引退するまで、右手でラケットを打ち続けた。現在は、小中学生対象の講習会に参加し選手育成に努めている。

主な戦歴編集

  • 1967年 全日本卓球選手権大会男子優勝、男子ダブルス(河野満とペア)優勝
  • 1968年 全日本卓球選手権大会男子優勝、男子ダブルス(河野満とペア)
  • 1969年 世界卓球選手権ミュンヘン)男子シングルス優勝、男子団体優勝、男子ダブルス3位(河野満とペア)、混合ダブルス3位(小和田敏子とペア)全日本卓球選手権大会、男子ダブルス優勝(長谷川信彦とペア)
  • 1971年 世界卓球選手権シングルス準優勝、ダブルス ベスト8、団体準優勝
  • 1972年 全日本卓球選手権大会、男子ダブルス優勝(阿部勝幸とペア)
  • 1974年 全日本卓球選手権大会、混合ダブルス優勝(大関行江とペア)
  • 1975年 世界卓球選手権ダブルス ベスト4、混合ダブルスベスト4、全日本卓球選手権大会、混合ダブルス優勝(大関行江とペア)

1971年名古屋世界選手権では団体戦で調子が出ず、苦手を公言していたカラカセビッチ等欧州選手の他 中国選手の前陣速攻にも苦戦していたが、個人戦になると期待された長谷川、河野が敗退する中で 李富栄、シュルベクの強敵を連破、17歳のステラン・ベンクソンには敗れたものの決勝に進出し、面目を保った。

著書編集

  • 1984年12月「卓球」
  • 1986年 6月「攻撃卓球 技術と練習法」
  • 1989年 5月「試合に勝つ卓球」
  • 1989年 5月「攻撃卓球」
  • 1998年 7月「試合に勝つ卓球 技術と練習法」

外部リンク編集