メインメニューを開く

会津樋ノ口駅(あいづひのくちえき)は、福島県耶麻郡猪苗代町蚕養にあった磐梯急行電鉄(旧・日本硫黄沼尻鉄道部)の廃駅)である。磐梯急行電鉄線の廃線に伴い1969年(昭和44年)3月27日に廃駅となった。

会津樋ノ口駅
あいづひのくち
AIZUHINOKUCHI
白木城 (0.7km)
(0.7km) 名家
所在地 福島県耶麻郡猪苗代町蚕養
所属事業者 磐梯急行電鉄
所属路線 磐梯急行電鉄線
キロ程 7.7km(川桁起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
開業年月日 1913年(大正2年)5月11日
廃止年月日 1969年(昭和44年)3月27日
備考 磐梯急行電鉄線廃線に伴い廃駅
テンプレートを表示

目次

概要編集

開業時からの駅の一つであった[1]。当線のほぼ中間地点に位置し、晩年は途中駅で唯一の列車交換可能な交換駅となっていた[1][2]。通標は川桁駅 - 当駅間が「○」、当駅 - 沼尻駅間が「□」であった[1]

旧駅名は樋ノ口駅であるが、1923年(大正12年)11月から実施された日本国有鉄道(国鉄)との連帯運輸に備えて、他の駅と同名になることを避けるために、旧国名の「会津」を冠し会津樋ノ口駅に改称した[1][3]。ただし、当時、国鉄の駅に樋ノ口駅(あるいは樋口駅)は存在せず、横荘鉄道(後の羽後交通横荘線)に樋ノ口駅が存在したのみである。

なお、駅名の表記については、最晩年の1968年(昭和43年)4月に撮影された写真にて、駅舎の駅銘板が「会津樋口」となっていたことが確認できる[4]

歴史編集

  • 1913年大正2年)5月11日 - 日本硫黄耶麻軌道部川桁駅 - 大原駅(後の沼尻駅)間開通(全通)に伴い樋ノ口駅(ひのくちえき)として開業。
  • 1923年(大正12年)10月[注 1] - 連帯駅[5]に伴い会津樋ノ口駅に改称。
  • 1945年(昭和20年)1月1日 - 路線名を日本硫黄沼尻鉄道部に改称。それに伴い同線の駅となる。
  • 1964年(昭和39年)6月1日 - 鉄道会社名を日本硫黄観光に改称。それに伴い同鉄道の駅となる。
  • 1967年(昭和42年)8月1日 - 鉄道会社名を磐梯急行電鉄に改称。それに伴い同鉄道の駅となる。
  • 1968年(昭和43年)10月14日 - 会社倒産による磐梯急行電鉄線の営業休止に伴い休止駅となる。
  • 1969年(昭和44年)3月27日 - 磐梯急行電鉄線の廃線に伴い廃止となる。

駅構造編集

廃止時点で、2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅であった[6]。中間駅で唯一、下り線側(西側)のみであるがプラットホームが存在した[2]。上り線側(東側)には他の駅同様存在せず、乗客は地面から直接乗降した[6]。そのほか駅舎と上り線の間に副本線が1線、またその副本線沼尻方から分岐し小さな転車台を有した行き止りの側線を1線有した[6]

職員配置駅となっていた[1]。駅舎は構内の西側に位置していた[6]木造の駅舎であった[2]。駅舎とは別棟でトイレ棟を有した[6]。トイレ棟は駅舎の南側に位置していた[6]

構内には蒸気機関車時代の給水槽が2基残存していた[4][2]。ホームの北側、駅舎からは線路を挟んで向かい側に存在し、駅舎から見て右側がコンクリート製、左側が鉄製であった[4]

駅周辺編集

駅前には「汽車待合所」の看板が掲げられた駅前旅館なども存在した[6]

駅跡編集

1996年(平成8年)時点では、駅舎跡地に[7]Aコープが建築されていた[8]。また、駅前旅館の建物が当時を偲ばせていた[8]。2001年(平成13年)時点ではAコープは営業中であったが[2]、2007年(平成19年)5月時点では閉店し、看板が外されていた[9]。また、「なつかしの沼尻軽便鉄道を訪ねて」と記載され、駅の説明文と現役時代の写真が付いた、駅名標を模した案内板が建てられていた[9]。2010年(平成22年)4月時点でも同様であったが、Aコープの建物は出入口などの開口部が板で塞がれていた[2]。また、駅前旅館は2軒ともに廃業していた[7]

また、当駅の沼尻方にあった、撮影地として知られていた「酸川橋梁」は、1996年(平成8年)時点では橋台の一部が残存していた[8]。2010年(平成22年)4月時点でも同様で、沼尻方の橋台が姿を留めていた[2]

隣の駅編集

磐梯急行電鉄
磐梯急行電鉄線
白木城駅 - 会津樋ノ口駅 - 名家駅

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ 認可日は10月28日[1]

出典編集

  1. ^ a b c d e f g 書籍『RM LIBRARY 113 日本硫黄沼尻鉄道部(上)』(著:青木栄一ネコ・パブリッシング、2009年1月発行)20ページより。
  2. ^ a b c d e f g 書籍『新 消えた轍 3 東北』(著:寺田裕一、ネコ・パブリッシング、2010年8月発行)103,108-109ページより。
  3. ^ 『新 消えた轍 3』101ページより。
  4. ^ a b c 書籍『写真でつづる 懐かしの沼尻軽便鉄道』(編:『懐かしの沼尻軽便鉄道』編集委員会、歴史春秋出版、2000年2月発行)123-125ページより。
  5. ^ 連帯運輸開始は11月1日[1]
  6. ^ a b c d e f g 『RM LIBRARY 113』26-27ページより。
  7. ^ a b 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く2 南東北・関東編』(JTBパブリッシング、2010年4月発行)69ページより。
  8. ^ a b c 書籍『鉄道廃線跡を歩くII』(JTBパブリッシング、1996年9月発行)41ページより。
  9. ^ a b 書籍『私鉄の廃線跡を歩くI 北海道・東北編』(著:寺田裕一、JTBパブリッシング、2007年9月発行)47-49ページより。

関連項目編集