元 毓(げん いく、509年 - 528年)は、中国北魏皇族献文帝の曾孫。は子春。

経歴編集

趙郡王元謐の長子として生まれた。524年、趙郡王の位を継いだ。527年、通直散騎常侍に任ぜられた。528年、河陰で殺害された[1]。使持節・衛大将軍・儀同三司・冀州刺史[2]の位を追贈され、を宣恭といった。子が無く、元謐の弟の元讞の子の元寘(字は景融)が後を嗣いだ。

脚注編集

  1. ^ 墓誌によると、4月13日洛陽で死去した。
  2. ^ 『魏書』では、青州刺史とする。

伝記資料編集

  • 魏書』巻二十一上 列伝第九上
  • 魏故宣恭趙王墓誌銘(元毓墓誌)