(さん)は、衛氏朝鮮の国家運営にあたった4人の合議メンバー(朝鮮相路人、朝鮮相韓陰、尼谿相参、将軍王唊)の1人[1]。官職は尼谿(じけい)の宰相。在地の尼谿という根拠地の宰相である[1]。4人の合議メンバーのうち1人だけ姓がなかった[1]

各種表記
ハングル
漢字
日本語読み: さん
2000年式
MR式
Sam
Sam
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紀元前109年から紀元前108年前漢が衛氏朝鮮を討伐するために攻撃してくると、4人の合議メンバーのうち、朝鮮相路人、朝鮮相韓陰、将軍王唊の中国からの亡命者あるいはその亡命者ゆかりの人物は、朝鮮王の衛右渠を残したまま早々に降伏したが、参だけは抗戦する[2]。しかし、紀元前108年に参は刺客を衛右渠に差し向け殺害、降伏した[2]。降伏後は、前漢から澅清(かくせい)侯に封じられたが、11年後、衛氏朝鮮の逃亡者を匿った容疑で逮捕され、獄中で病死した[3]

脚注

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参考文献

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  • 礪波護武田幸男『隋唐帝国と古代朝鮮』中央公論社〈世界の歴史 6〉、1997年。ISBN 978-4124034066 

関連項目

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