古柳井水道(こやないすいどう、古熊毛水道ともいう)はかつて山口県室津半島の付け根付近にあったとされる海峡

概要編集

山口県の南東に位置する室津半島は古代、本州と分離して島であったとされている。柳井湾から田布施町の城南地区へ湾曲し、平生湾に至っていたとされている。

古柳井水道と熊毛王国編集

3世紀末から7世紀頃にかけて周囲に存在した熊毛王国は古柳井水道で海運をし繁栄を遂げた[1]。当時古柳井水道は都から九州朝鮮中国への物流の重要経路の要衝であり、当該地域の制海権は熊毛王国に大きく貢献した[2]。その為、熊毛王国は大和王権に侵される事もなく約300年もの間存続し、大和王権側に取っては脅威を与える存在となる[1]

古柳井水道は原始古代に於いて熊毛王国の発展とともに古墳築造等周辺文明の発達に寄与した。

古柳井水道の閉鎖編集

閉鎖時期は不明だが、古墳時代後期や平安時代の中期から後期の間等、諸説ある。[3]

脚注編集

  1. ^ a b 松岡睦彦 (2013年1月30日). “般若姫伝説と龍宮(4)”. 山口新聞. http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/touryu/2013/1-2/touryu0130wed.html 2018年3月22日閲覧。 
  2. ^ 史跡石城山神籠石保存管理計画策定報告書(案) (pdf)”. 光市・光市教育委員会. p. 8. 2018年3月22日閲覧。
  3. ^ 736年(天平8年)に派遣された遣新羅使一行は、熊毛半島を南に迂回し、上関海峡を通過して北上、さらに西行する航路をとっている事から、その当時には古柳井水道は機能していないとする説もある。史跡石城山神籠石保存管理計画策定報告書(案) (pdf)”. 光市・光市教育委員会. p. 11. 2018年3月22日閲覧。

関連項目編集

  • 上関町 - 後の時代に同様の要衝となる上関が存在する。

外部リンク編集