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埴生神社(はぶじんじゃ)は、千葉県成田市にある神社である。旧社格は郷社。別名、三ノ宮埴生神社(さんのみやはぶじんじゃ)と言う。三ノ宮(さんのみやさま)の通称で親しまれている。

埴生神社
埴生神社
埴生神社
所在地 千葉県成田市郷部994番地
位置 北緯35度47分2.18秒
東経140度18分39.00秒
主祭神 埴山姫命
社格 郷社
創建 不詳
本殿の様式 大社造
例祭 7月17日
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成田市並木町にも同じく「三ノ宮埴生神社」が存在するが、総本社は郷部の埴生神社である。

伊奘冉命(いざなみのみこと)の子・埴山姫命(はにやまひめのみこと)を祀っている。土を司る神であり、三ノ宮埴生神社の御霊代土師器である。

目次

由緒編集

  • 創建年代は不詳であるが、社伝では、平安時代前期に創建されたと伝えられている。大和朝廷系の土師部一族が、当地(山方郷)で焼畑農耕(焼畑には土の神と火の神とで収穫)を行うとともに土師器を製作していた。近隣の玉作郷では玉作りを職業する玉作部の一族の集落があり、酢取郷(羽取郷(羽取の誤りと言われている))の羽取は「服部」の事で、機を織る一族の集落があり、現在の印旛郡栄町の(麻在郷(麻生郷の誤りと言われている))は麻を生産する一族の集落というように、周辺にはそれぞれの職業集団が郷を形成していた。
     
    社殿。
  • 平安時代前期に創建されたと伝えられている「三ノ宮埴生神社」は、これらの移住者全員を氏子とする村の氏神で麻生郷(現在の印旛郡栄町矢口)には「一ノ宮埴生神社」玉作郷(現在の成田市松崎)には「二ノ宮埴生神社」山方郷(現在の成田市郷部)には「三ノ宮埴生神社」というように、各郷の生神を祀っていたと考えられている。
  • 埴生郡の郡名「埴生」が、古くは土器を作る粘土の「ハニワ」を意味するところから、三ノ宮神社は、一ノ宮、二ノ宮を含む総社的な存在であったと思われ、郷部は元々「郷府」という説があり、埴生郡の中心であったと考えられている。
  • 現在では近郷三十余社の神社を傘下に置き、成田総鎮守として子育て・安産・初宮参り・七五三詣の祈祷が多く、成田の産土(うぶすな)様として厚く崇敬されている。
  • 郷部町内に天穂日命をまつる土師神社があり、南の成田ニュータウンには加良部の地名が残る。 また、かつて山方郷と言われていた地域には、他にも土師神社が存在する。(成田市上福田、印旛郡栄町布太、茨城県稲敷郡河内町羽子騎)

祭礼編集

この地を領していた埴生次郎・平時常が寛元2年(1244年)に神輿を寄進してからの始まりであり、700年以上の歴史がある。かつては、浜降りといい、古くは九十九里浜蓮沼(現・山武市)まで神輿行列が出かけ10日程掛けて戻ってきていたが、現在は市内を流れる根木名川まで下り、市内を廻る。

近年は、境内にてあさがお・ほおずき市を同時に開催し、宵宮では胡弓の演奏や獅子舞などが行われている。

交通編集

最寄り駅

参考文献編集

  • 「語り継ぐふるさと 郷部・美郷台」 発行・企画/郷部・美郷台郷土史制作実行委員会、発行日/平成11年2月10日

その他編集

  • 埴生神社の境内は、現在の旧千葉県道18号成田安食線(安食街道)の辺りまであり、街道沿いには大きな杉並木が存在していたが、県道の拡張工事に伴い、杉並木は伐採され、現在の境内となった。また、埴生神社前の県道は別名「西参道三の宮通り」の愛称が付けられている。

外部リンク編集

関連項目編集