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経歴編集

1913年山形県西村山郡河北町生まれ。1930年旧制芝中学校卒業し、旧制第一高等学校を受験するも失敗。失意の内に故郷山形に帰省中、ブラジル移住を志す。しかし家族の説得により断念。一念発起し、翌年一高に無事合格した[1]1934年に一高を卒業[2]し、東京帝国大学文学部西洋史学科入学[3]1937年、卒業[4]

1941年神戸商業大学予科講師[5]、翌1942年教授1947年(昭和22年)に北海道大学法文学部助教授1951年に北海道大学文学部教授を経て、1956年東京大学文学部教授。1958年ハーバード大学留学。1969年に東京大学文学部長。1973年に退官し、東京大学名誉教授

1975年12月22日肺癌のため逝去。

1976年に、編著『西欧精神の探究』で毎日出版文化賞受賞。

学問編集

中世国家論編集

文明批評編集

論争編集

堀米・世良論争編集

堀米・吉岡論争編集

その他編集

著作編集

単著編集

共編著編集

  • 『中世ヨーロッパ 世界の歴史3』(中央公論社、1961年、新装版・中公バックス、1983年。中公文庫、1974年)。堀越孝一
  • 世界の名著55 ホイジンガ』(中央公論社、1967年、新装版・中公バックス、1979年。単行判1971年)。※責任編集、堀越孝一訳「中世の秋」
  • 『西洋中世世界の展開』(東京大学出版会、1973年)
  • 『歴史学のすすめ 学問のすすめ11』(筑摩書房、1973年)
  • 『中世の森の中で 生活の世界歴史6』(河出書房新社、1975年、新装版1980年。河出文庫、1991年) 。木村尚三郎ほか
  • 『西欧精神の探求-革新の十二世紀』(日本放送出版協会、1976年。NHKライブラリー(上下)、2001年)。木村尚三郎ほか
  • 『ヨーロッパ世界の成立 世界の歴史8』(講談社、1977年)。堀越孝一が実質上の著者

論文(一部)編集

  • 「テオドール・マイヤーの独逸近代国家成立論について」『史学雑誌』51-1、1940年
  • 「西洋における封建制と国家」『思想』302号、1949年、67-77頁
  • 「中世後期における国家権力の形成」『史学雑誌』62-2、1953年、94-138頁
  • 「ドイツにおけるモヌメンタ・ゲルマニエ・ヒストリカ編纂刊行の沿革」『日本歴史』194、1964年

訳書編集

  • ゲオルグ・フォン・ベロウ『独逸中世農業史』(創元社、1944年)
  • マルク・ブロック『封建社会』(岩波書店、1995年)、監訳

関連資料編集

  • 樺山紘一「堀米庸三」『山形の先達者(1)』(山形県生涯学習人材育成機構、1999年)、189-228頁

参考情報編集

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集