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塚前古墳(つかまえこふん)は、福島県いわき市小名浜林城(りんじょう)にある古墳。形状は前方後円墳。史跡指定はされていない。

塚前古墳
所在地 福島県いわき市小名浜林城字塚前
位置 北緯36度59分7.56秒
東経140度53分43.74秒
座標: 北緯36度59分7.56秒 東経140度53分43.74秒
形状 前方後円墳
規模 墳丘長95-120m
埋葬施設 不明
出土品 埴輪片・土器片
築造時期 6世紀中頃
史跡 なし
特記事項 東北地方第3-8位の規模
地図
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東北地方では第3-8位[注 1]、また古墳時代後期としては東北地方で最大規模の古墳で、6世紀中頃の築造と推定される。

目次

概要編集

福島県東部の浜通り地方、小名浜湾奥部で矢田川(藤原川支流)右岸の沖積低地上に築造された大型前方後円墳である[1]。これまでに墳丘は削平を受けて大きく崩れているほか[1]2016年度(平成28年度)には発掘調査(いわき市教育委員会)および測量調査(福島大学)が実施されている[1][2]

墳形は現在では不整形をなすが[1]、元は前方後円形と復元され、前方部を南西方に向ける[2]。墳丘長は95-120メートルを測り、東北地方では第3-8位の規模になるとともに[注 1]、後期古墳としては東北地方で最大規模になる[2]。墳丘表面では埴輪片として円筒埴輪(朝顔形埴輪含む)・形象埴輪(蓋形・盾形埴輪)が検出されているほか、墳丘周囲では周溝(馬蹄形か)の存在が認められる[1]。主体部の埋葬施設は明らかでない[1]。出土品としては埴輪のほかに土師器弥生土器が認められ、かつては杏葉の出土があったとも伝わる[1]

この塚前古墳は、出土埴輪等より古墳時代後期の6世紀中頃の築造と推定される[1]。規模の点とともに墳丘盛土の構築手法の点で特色を有しており、東国の後期古墳を考察するうえで重要視される古墳になる[1]

来歴編集

  • 2016年平成28年)10-11月、宅地造成工事に伴う発掘調査。大規模古墳と判明(いわき市教育委員会)[1]
  • 2017年(平成29年)3月、測量調査。後期古墳としては東北地方最大規模と判明(福島大学考古学研究室)[2][3]

構造編集

古墳の規模は次の通り(2017年(平成29年)の測量調査値)[2]

  • 墳丘長:95-120メートル
  • 後円部
    • 直径:53メートル
  • 前方部
    • 長さ:54-70メートル
    • 幅:45-65メートル

墳丘は、外縁部に盛土を土手状に積み上げたのちに内側を土手上端まで盛り上げる、という工程の繰り返しで構築されるが、これは西日本によく見られる手法(西日本的工法)になる[1]。また、盛土に際しては土嚢・土塊積みの採用が認められるが、これは後期古墳では有力者の墓に特化した手法とされる[1]

脚注編集

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注釈

  1. ^ a b 東北地方における主な古墳は次の通り。
    1. 雷神山古墳(宮城県名取市) - 墳丘長168メートル
    2. 亀ヶ森古墳(福島県河沼郡会津坂下町) - 墳丘長129メートル。
    3. 会津大塚山古墳(福島県会津若松市) - 墳丘長114メートル。
    4. 玉山古墳(福島県いわき市) - 墳丘長112メートル。
    5. 遠見塚古墳(宮城県仙台市) - 墳丘長110メートル。
    6. 青塚古墳(宮城県大崎市) - 墳丘長100メートル。
    7. 稲荷森古墳(山形県南陽市) - 墳丘長96メートル。
    また近年の調査では、規模全容は未判明ながら、塚前古墳(墳丘長95-120メートル)のほか次の古墳が大型古墳と推定される。
    • 南森古墳(山形県南陽市) - 墳丘長150-168メートル。

出典

参考文献編集

(記事執筆に使用した文献)

  • 「いわき市 塚前古墳測量調査とその成果」 (PDF) (福島大学行政政策学類考古学研究室、2017年5月10日定例記者会見資料)。 - リンクは福島大学ホームページ。
  • 『塚前古墳 -藤原川流域における後期前方後円墳の調査概報-』公益財団法人いわき市教育文化事業団編、いわき市教育委員会、2017年。

関連文献編集

(記事執筆に使用していない関連文献)

関連項目編集

  • 玉山古墳(いわき市四倉町玉山) - 福島県指定史跡。墳丘長112メートルの前方後円墳。
  • 石城国造