孝慎成皇后観蓮図

孝慎成皇后(こうしんせいこうごう、満州語転写:hiyoošungga olhoba šanggan hūwangheo、1790年6月29日(乾隆55年5月17日) - 1833年6月16日道光13年4月29日))は、道光帝の2番目の正室、皇后。姓はトゥンギャ(佟佳)氏。

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経歴編集

嘉慶13年12月(西暦で1809年)[1]、綿寧(後の道光帝)に嫁ぎ、継福晋(継妻)となった。女子を1人産んだ。

嘉慶25年(1820年)、道光帝が即位すると、皇后に立てられた。道光13年(1833年)、薨去し、「孝慎」とされた。その後、夫の諡を重ねて「孝慎敏粛哲順和懿誠恵敦恪熙天詒聖成皇后」と加諡された。

女子編集

  • 端憫固倫公主

伝記資料編集

脚注編集

  1. ^ 『清仁宗実録』