満州語
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満州語(滿洲語、まんしゅうご、満州語: ᠮᠠᠨᠵᡠ
ᡤᡳᠰᡠᠨ、転写:manju gisun)は、満洲族が話すツングース諸語に属する言語。
満洲語 | |
---|---|
ᠮᠠᠨᠵᡠ ᡤᡳᠰᡠᠨ manju gisun | |
話される国 |
![]() |
地域 | 黒竜江省 |
民族 | 満州民族 |
話者数 | 10人(2015年)[1] |
言語系統 |
ツングース諸語
|
表記体系 | 満州文字 |
言語コード | |
ISO 639-1 | なし |
ISO 639-2 | mnc |
ISO 639-3 | mnc |
消滅危険度評価 | |
Critically endangered (UNESCO) |
目次
概要編集
満洲族は中国の統計で、1千万人を超える人口を誇る。しかし、一方で清代の長年にわたり、人口の上では圧倒的な少数派でありながら支配者として漢族を含む中国全体に君臨した結果、満洲族の文化は中国文化と融合・同化していった。そして清が滅び、漢族が主体の時代に入ると、その同化速度は加速していくこととなり、多くの固有の文化が失われていった。
満洲語もそのようにして失われていった文化の一つであり、満洲語の話者は満洲族の間でも現在では極めて少なく、消滅の危機に瀕する言語の一つである[2]。
その一方、清代には旗人を中心に、北京周辺で話されていた言葉と満洲語の語彙が混じり合った言葉が用いられた。その結果、北京語は他の方言とは異なる特徴を持つ言葉となった。その北京語は、現在共通語として使用されている普通話の元となっている。
民間の漢人は、満洲語と満洲文字の習得を禁止されていた。漢人で満洲語と満洲文字を学ぶことを許され、中央政治に参加できたのは、科挙合格者の状元と榜眼のみであった。
系統編集
方言および変種編集
南北2つの方言があったとされる。
北部方言編集
2017年現在、中国東北部(黒龍江省富裕県三家子村など)で継承されている満洲語(現代満語)は、東音を主体として北音の影響を受けた変種である。
南部方言編集
音韻編集
以下に満洲文語の音韻を概観する(ローマ字はメレンドルフ方式による満洲文字の翻字である)。必要に応じて国際音声記号による補足説明を加える。
母音編集
単母音編集
以下の7つがある。
- a:大部分は[ɑ]、t,d,n,l,mの前にあるときは[a]、口蓋化子音の後は[ɛ]
- e:大部分は[ɤ](現代中国語と同じ)、アクセントのない音節の場合は[ə]、口蓋化子音の後は[e]
- i:i音
- o:大部分は[ɔ]、アクセントのない音節と語頭は[o]になることがある
- u:円唇[u]
- ū:通常g, k, hの直後にのみ現れ、[ʊ]のような音であったとみられる。
- ioi:[y]のような音であったとみられる(外来音)。
二重母音編集
- -i系統:ai, ei, oi, ui, ūi
- -o系統:ao[ɑu], eo[ɤu], io[iu], oo(ooはoの長母音ではなくむしろaoに近く発音)
母音調和編集
男性(陽性)母音・女性(陰性)母音・中性母音による母音調和が存在するが、厳格ではない。
男性母音 | a, o, ū |
---|---|
女性母音 | e |
中性母音 | i, u |
子音編集
唇音 | 歯茎音 | 後部歯茎音 | そり舌音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | 口蓋垂音 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
鼻音 | [m] | [n] | ng[ŋ] | ||||
破裂音 | p[p], b[b] | t[t], d[d] | c[tʃ], j[dʒ] | k[k], g[ɡ] | k[q], g[ɢ] | ||
破擦音 | (ts[ts], dz[dz]) | ||||||
摩擦音 | f[f] | s[s] | š[ʃ] | (ž[ʐ]) | h[x] | h[χ] | |
震え音 | r[r] | ||||||
側面音 | l[l] | ||||||
接近音(半母音) | w[w] | y[j] |
- p―bなど無声・有声の対立は、かつて有気・無気(/pʰ/―/p/など)の対立だったという見方もある。
- sは[s]であるがiの直前でのみ[ʃ]であった。
- c, jは硬口蓋破擦音[ʧ, ʤ]であった。
- šは[ʃ]であるがiの直前でのみ[ʂ]であった。šiは固有の満洲語にはない。
- k, g, hは男性母音a, o, ūの直前では口蓋垂音[q, ɢ, χ]、女性母音・中性母音e, u, iの直前では軟口蓋音[k, ɡ, x]であったと見られる。
- ngはnとgの2音ではなく軟口蓋鼻音[ŋ]を表す。
- ts, dz, žは外来音(中国語)。
音素配列上の特徴編集
音素の配列において以下のような特徴があり、それらの中には日本語と類似するものも少なくない。ただしrとlの区別がある、音節末に立ちうる子音が日本語よりは豊富であるなど、相違点もある。
- wの直後にはa, e以外の母音が来ない(現代日本語でも外来語を除いてwの直後に来る母音はa、すなわち「わ」のみ)。
- 借用語を除いてt, dの直後にはiが来ない(日本語も外来語を除いて、t, dの直後に来る母音はa, e, oのみ)。
- 日本語と同じく、yの直後には母音iが来ない(英語に慣れていない日本語話者にとってyearとearの発音の区別は困難である)。またこの特色は普通話にも影響を与えており、拼音では母音iで始まる単語には発音されないyを付けて表記される。
- ūは通常k, g, hの直後にのみ来うる。
- 固有語においてrは語頭に立たない(日本語や朝鮮語とも共通する特徴であり、これらの言語がアルタイ諸語に属する根拠の一つとされる)。
- ngは音節頭に立たない。語中のngはk, gの直前にのみ現れる(西日本方言など。また鼻濁音の衰退している現代の共通語にも顕著な特色である)。
- 音節末に立ちうる子音はb, m, t, n, r, l, s, k, ngである。(日本語は外来語を除いて音節末に立ちうる子音はnのみ)
- 語末に来うる子音はnのみである(ただし外来語はこの限りでない)。
- 通常、音節頭あるいは音節末に子音が連続しない(ただし、音節末子音と音節頭子音が連続することはありうる)。
表記編集
満洲語の表記は、モンゴル文字を改良して作られた満洲文字を使う。一方でラテン文字転写も盛んに行われている。主な転写法にメレンドルフ式と漢語拼音式があり、違いは以下の通りである。
音素 | メレンドルフ式 | 漢語拼音式 |
---|---|---|
[ʊ] | ū | v |
[ʃ] | š | x |
[tʃ] | c | q |
[ts] | ts | c |
[dz] | dz | z |
[ʐ] | ž | ŕ |
二重母音 | ao,eo,io,oo | au,eu,iu,ou |
[y] | ioi | iui |
文法編集
満洲語は類型論的に膠着語に分類され、語順は日本語と同じく「主語―補語―述語 (SOV)」の順である。修飾語は被修飾語の前に置かれる。
si | manju bithe | tacimbi. | (汝は満洲の書を学ぶ) | ||||
主語 | 修飾語 被修飾語 補 語 |
述語 |
また、関係代名詞がなく代わりに動詞が連体形を取って名詞を修飾するのも、日本語と同様である。
soktoho | niyalma | (酔った人) | |||
連体形 | 名詞 |
さらに、日本語同様、動詞を活用する(動詞語幹に接尾辞を付ける)ことで、日本語で言う過去形や連用形と同じ働きを、動詞に持たせることができる。
例えば、動詞 genembi(行く)の語幹 gene に、過去を表す hV をつけ gene-he とすると"行った"となる。大抵の場合、"hV"で過去を表せるが、例外もある。
tucimbi(出る), jalambi(止める), jombi(思い出す), sambi(知る), sembi(言う), ukambi(逃げる), sumbi(脱ぐ)などには-kVを付け、其々tucike, jalaka, jongko, sangka, sengke, ukaka, sungkeとするのが一般的である。
- tere sargan hoton de gene-he(その娘は町へ行った)
- tere sargan boo ci tuci-ke(その娘は家から出た)
- tere sargan boo ci tuci-me, hoton de gene+he(その娘は家から出て、町へ行った)
- tere sargan boo ci tuci-fi, hoton de gene+he(その娘は家から出た後、町へ行った)
- tere sargan boo ci tuci-cibe, hoton de gene+he(あの娘は家から出たが、町へ行った)
- 体言の曲用は語幹の後ろに膠着的な語尾(助詞)が付くことによって表される。体言の格は主格(語尾なし)・属格 (-i/-ni)・対格 (-be)・与位格 (-de)・具格 (-i/-ni)・奪格 (-ci)・沿格 (-deri) がある。終格 (-tala/-tele/-tolo) を認める場合もある。
- 人称代名詞には1人称単数 bi、1人称複数 be および muse、2人称単数 si、2人称複数 suwe、3人称単数 i、3人称複数 ce がある。1人称複数 be は聞き手を除外した形、muse は聞き手を含めた形である。
- 指示詞は近称と遠称の2系列からなる。ere(これ)― tere(それ)、uba(ここ)― tuba(そこ)、enteke(こんな)― tenteke(そんな)、uttu(このように)― tuttu(そのように)などがある。
- 疑問詞には we(誰)、ya(どれ、誰)、ai(何)、aiba(どこ)、antaka(どんな)、ainu(なぜ)、atanggi(いつ)、adarame(どのように)などがある。
- 満洲語の形容詞は語形変化をしない不変化詞である。
- 動詞は終止形・連体形・副動詞形(接続形)がある。連体形は文末に来て終止形として用いられることが少なくない。
- 後置詞は、ある種の単語の後ろに来て様々な文法的意味を付け加える付属語である。大きく分けて、体言の格形の後ろに来て格関係を表すもの、用言の後ろに来て副動詞的に用いられるもの、文末について様々なニュアンスを表すもの(日本語の終助詞に似る)がある。
語彙編集
満洲語の語彙には主に3つの特徴がある
満洲語研究機関・研究家編集
脚注編集
- ^ “UNESCO Atlas of the World's Languages in Danger”. (2015年10月27日)
- ^ 現在の中国で識別されている「満族」のうち、満洲語を母語として話す(または話していた)ことが確認されているのは黒竜江省の農村部に分布するごく少数である。それ以外、特に都市部に居住する「満族」は中国語を母語としている。満洲語と満洲文字は清朝の第一公用語で行政言語であり清朝は満洲族に対し満洲語の学習をたびたび奨励したが、書記言語は公用文として使用されたものの、音声言語の使用は次第にすたれた。最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀は幼少時に伊克坦という教師から満洲語を学んだが、習得できたのは宮中儀礼の際に満洲人大臣が平伏してご機嫌伺を行った後に発する「イリ」(「ili」、立つを意味する「ilimbi」の命令形)という単語のみだった。