安那郡(やすなぐん)は、広島県備後国)にあった

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郡域編集

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、福山市の一部(神辺町各町・加茂町各町・駅家町大字法成寺)にあたる。

歴史編集

当郡は古代吉備穴国造の領域であり、郡名の読みも当初は「あな」であったが、少なくとも平安時代までには「やすな」と読まれるようになっていた。

近世以降の沿革編集

知行 村数 村名
藩領 備後福山藩 27村 上竹田村、下竹田村、八尋村、上御領村、下御領村、湯野村、平野村、川北村、川南村、徳田村、十三軒屋村、十九軒屋村、道上村、八軒屋村、中野村、上加茂村、西中条村、箱田村、東中条村、三谷村、粟根村、芦原村、下加茂村、東法成寺村、西法成寺村、山野村、矢川村
豊前中津藩 2村 百谷村、北山村

参考文献編集

関連項目編集

先代:
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行政区の変遷
- 1898年
次代:
深安郡