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小栗流(おぐりりゅう)は、小栗仁右衛門正信が開いた日本武術の一流派。

小栗流和
おぐりりゅうやわら
小栗流和の固技
小栗流和の固技
発生国 日本の旗 日本
発生年 1616年江戸時代
創始者 小栗仁右衛門正信
派生流派 鞠身流、水野流
主要技術 剣術手裏剣棒術
抜刀術槍術眉尖術
水練騎射
伝承地 土佐藩
  

目次

歴史編集

最初は和(柔術)を表であったが、幕末では剣術を表、和術(柔術)を裏としていた。本来は流祖が編み出した組討に剣術ほかを加えた流派と伝えられ、また和術の極意を最も重要な秘伝とするなど、柔術を流儀の核心とする内容の流派である。創始時には、剣術と和術以外に、抜刀術槍術眉尖術(薙刀術)、水練、騎射などを含んでいたが、江戸後期には和と剣術以外は指導されていなかったようである。また、小栗流には極意に手裏剣術が伝えられており、伝書の小栗流和兵法三箇条に「手裏剣 持撃離」と書かれている。[1]

徳川家旗本であった小栗正信は柳生石舟斎から新陰流剣術を学んでいたが、大坂の陣に出陣した折に組討で首級を挙げた経験から、長崎奉行に赴任中に、新陰流同門の駿河鷲之助と組討の研究をして、小栗流を開いたと伝えられる。和と表記する。また甲冑傳や武者取ともいわれる。

小栗流は、正信の弟子の朝比奈可朝が土佐藩主・山内家の家臣だったことにより、土佐藩に伝えられ同地で栄え、土佐藩の柔術は幕末まで小栗流の勢力が大きかった。

現在、小栗流和の伝承が残っているかは不明であるが、分派の鞠身流は最近まで伝承されていた。

系譜編集

  • 小栗仁右衛門正信
    • 細井佐次右衛門勝茂
    • 大森信濃守頼直
    • 水野自適斎(水野流)
    • 朝比奈丹左衛門可長
      • 朝比奈藤三郎長之
      • 朝比奈千之進
      • 朝比奈知庵
      • 渡辺清大夫利重
        • 渡辺小兵衛利輝
        • 足達茂兵衛正藹
          • 足達甚三郎正靖
            • 足達市平達溥
              • 足達長十郎達男
                • 足達駒之丞達長
                  • 足達伝蔵達善
                    • 足達武之助正達
            • 日根野弁次吉賢
          • 平尾伴九郎久喜
            • 平尾伴五郎成美
              • 平尾小源太弘茂
                • 平尾作内喜繁
            • 藤田彦四郎
      • 渡辺勘十郎成勝
        • 渡辺新右衛門正勝
          • 渡辺勘十郎時勝
      • 林六大夫守政
        • 楠瀬貞次
      • 国沢武左衛門
      • 国沢弥三郎
      • 松島太右衛門
        • 楠瀬六右衛門貞次
    • 山鹿甚五左衛門高興(山鹿素行)

脚注編集

  1. ^ 文久二年坂本龍馬日根野弁治から授かった小栗流和兵法三箇条にも「手裏剣 持撃離」と書かれている。

参考文献編集

関連項目編集