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少女クラブ』(しょうじょクラブ)は、大日本雄辨會講談社(現・講談社)が発行していた少女向け雑誌1923年創刊、1962年廃刊。

概要編集

1923年に『少女倶楽部』として創刊され、1946年に雑誌名を『少女クラブ』に改め、1962年に廃刊となった(『週刊少女フレンド』へと発展)。少女小説を中心に掲載していたが、後に漫画作品が主となった。『少女倶楽部』は長編小説に力を入れていたのが特色で、小学校高学年から女学校(高等女学校)低学年の少女を主な読者対象としていて、受験シーズンになると入試のための心得が掲載された。ライバル雑誌の『少女の友』・『少女画報』とは対照的に映画俳優や歌劇のスターを取り上げることはなく、紙面では良妻賢母的な人物が紹介されていた。そのため保護者からも支持を受け、発行部数第1位を維持した。発行部数は1923年が6万7千部、1937年が49万2千部[1]

主な作家編集

文学作品の作家編集

  • 吉屋信子 - 『三つの花』(大正15年4月号-昭和2年6月号)、『白鸚鵡』(昭和3年1月-12月)、『七本椿』(昭和4年1月-12月)、『あの道この道』(昭和9年4月-10年2月)、『毬子』(昭和11年)
  • 川端康成 - 『愛犬エリ』(昭和7年12月号)、『開校記念日』(昭和8年2月号)、『夏の宿題』(昭和8年7月号)、 『学校の花』(昭和8年9-12月号)、『薔薇の家』(昭和9年2月号)、『駒鳥温泉』(昭和10年2月号)、『弟の秘密』(昭和10年12月号)、『翼にのせて』(昭和11年6月号)、『コスモスの友』(昭和11年10月号)。
  • 由利聖子 - 『我が家の合唱』(昭和16年)
  • 西條八十 - 『天使の翼』(昭和12年-昭和13年)、『荒野の少女』(昭和14年1月号-昭和15年5月号)、『人食いバラ』(昭和28年1-12月号)、『幽霊やしき』(昭和29年1月号-12月号)、『流れ星の歌』(昭和30年1月号-12月号)
  • 菊池寛 - 『心の王冠』(昭和13年1月号-昭和14年12月号)、『珠を争う』(昭和15年1月号-12月号)、『輝ける道』(昭和16年1月号-昭和17年3月号)
  • 佐藤紅緑 - 『毬の行方』(昭和3年1月号-昭和4年7月号)、『朝の雲雀』(昭和4年4月号-昭和5年5月号)、『夾竹桃の花咲けば』(昭和5年7月号-昭和6年6月号)、『みどりの天使』(昭和6年)、『麗わしき母』(昭和7年)、『桃太郎遠征記』(昭和8年)、『朝日のごとく』(昭和9年)、『あの山越えて』(昭和10年)、『手に手をとって』(昭和11年)、『花咲く丘へ』(昭和12年)、『美しき港』(昭和13年)、『微風』(昭和14年)
  • 佐々木邦 - 『プラスとマイナス』(大正14年)、『小女権論者』(大正15年)、『全権先生』(昭和5年)、『短所矯正同盟』(昭和3年)、『少女百面相』(昭和7年)
  • 北川千代 - 『春やいづこ』(昭和6年)
  • 細川武子 - 『乙女の国』(昭和21年1月号-12月号)
  • 小糸のぶ - 『花いつの日に』、『また足音が…』、『リラの花かげに』、『花いつの日に』、『秋高し』、『星の道は遠い』、『白い雲のむこうに』、『風が泣くとき』
  • 中沢ミチ夫 - 『おもかげ草紙』、『乙女の密使』、『観音笛』、『金鈴草紙』、『春駒人形』、『白雪おとめ』、『母恋山彦』、『郵便馬車の少女』
  • 北條誠 - 『花は清らに』、『浅草』、『白いことば』、『涙にぬれて』
  • 高木彬光 - 『鬼火の家』、『金色の猫』、『紅色のダイヤ』、『道化人形』
  • 江戸川乱歩 - 『塔上の奇術師』、『魔法人形』
  • 紅ユリ子 - 『三ちゃん物語』、『こんぺいとう先生』
  • 北畠八穂 - 『海のオルガン』、『吹雪のタラ舟』
  • 津村節子 - 『真紀とにいちゃん』
  • 堤千代 - 『かえで鳥の歌』
  • 横山美智子 - 『冬に咲く花』
  • 大原富枝 - 『昌子と珊瑚細工』
  • 井上靖 - 『赤い実』
  • 船山馨 - 『白鳥はかなしからずや』
  • 加藤まさを - 画家、詩人。詩と挿絵からなる『月の砂漠』を発表。

漫画家編集

画家編集

参考文献編集

  • 『少女倶楽部・少女クラブ総目次』全2巻、ゆまに書房、2010年

出典編集

  1. ^ 今田絵里香 『「少女」の社会史』 勁草書房、2007年。ISBN 978-4326648788