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弘前市立時敏小学校(ひろさきしりつ じびんしょうがっこう)は、青森県弘前市宮園一丁目にある公立小学校

弘前市立時敏小学校
過去の名称 亀甲小学
時敏尋常小学校
時敏尋常高等小学校
時敏国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 弘前市
設立年月日 1874年4月10日
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
所在地 036-8063
青森県弘前市宮園一丁目5番地1
外部リンク 公式サイト
プロジェクト:学校/小学校テンプレート
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校名の『時敏』は、弘前藩儒者工藤他山の書経 兌命篇『惟学ビテ志ニ遜ヒ、努メルコト時(コレ)敏ナレバ、蕨、修スルコト乃チ来ル』の一節より撰した。

また、小惑星宇宙探査機はやぶさでプロジェクトマネージャーを務めた川口淳一郎や、北京オリンピック女子ソフトボール競技で日本代表の監督を務めた斎藤春香などの卒業生がいる。

沿革編集

  • 明治7年4月10日 - 「亀甲小学」として開校。当時は亀甲旧藩米倉をもって校舎とし、創立時の生徒数は73名、二学級編制だった。
  • 明治18年8月 - 上鞘師町、盈進小学区域を併せ、時敏小学校と改称。
  • 明治19年 - 小学校令頒布により、時敏尋常小学校と改称。
  • 明治20年には下白銀町に校舎を新築。しかし、明治42年に校舎狭隘のため、旧弘前第二高等小学校校舎に移転し、その後も44年4月1日学区縮小により、一部を除き旧校舎に移転、大正3年4月学区復旧し、第一尋常高等小学校に移転、時敏尋常高等小学校と改称するなど、校舎が次々と移転する。
  • 昭和3年 - 校舎増改築、落成修祓式を挙行するが、2年後の昭和5年6月15日午後3時、不慮の出火により校舎全焼。児童を朝陽、二大、和徳、城西の四校に分けて授業を実施。
  • 昭和16年 - 国民学校令施行により、時敏国民学校と改称。
  • 昭和22年 - 学校教育法施行により、高等科を廃止、時敏小学校と改称し、弘前市立第一中学校を併設する。
  • 昭和24年9月12日 - 午前4時50分不慮の火災に遭い、南側校舎15教室を全半焼、一中教室を借り2部授業を開始。
  • 昭和26年8月2日 - 第一中学校に移転完了。38年ぶりに独立校舎となる。
  • 昭和49年10月6日 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 昭和54年 - 新校舎竣工。校庭整地、プール、バックネットはそれぞれ別の月に完成。
  • 平成3年4月1日 - 弘前市立北小学校と分離し、学級数21学級、児童数690名となる。
  • 平成19年1月7日 - 中校舎屋根一部突風のため破損する。

学区編集

親方町、一番地、百石町、百石町小路、鉄砲町、上鞘師町、下鞘師町、元寺町、元寺町小路、下白銀町、東長町、大浦町、蔵主町、長坂町、笹森町、田茂木町、禰宜町、亀甲町、若党町、小人町、馬喰町、春日町、西城北1丁目、西城北2丁目の一部、東城北1~3丁目、宮園1・2丁目、宮園3丁目の一部、山王町、田町全域、八幡町全域

交通編集

関連項目編集