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張俊雄(ちょう しゅんゆう、1938年3月23日~)は、中華民国台湾)の政治家(民主進歩党所属)。元行政院長(首相)、海峡交流基金会理事長。

張俊雄
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生年月日 (1938-03-23) 1938年3月23日(81歳)
出生地 日本の旗 大日本帝国台湾嘉義県
出身校 台湾大学
所属政党 民主進歩党
配偶者 朱阿英

中華民国の旗 第17代行政院長
在任期間 2000年10月6日 - 2002年2月1日
総統 陳水扁

中華民国の旗 第21代行政院長
在任期間 2007年5月21日 - 2008年5月20日
総統 陳水扁
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張俊雄
各種表記
繁体字 張俊雄
簡体字 张俊雄
拼音 Zhāng Jùnxióng
和名表記: ちょう しゅんゆう
発音転記: ヂャン ジュンション
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目次

経歴編集

政界進出まで編集

嘉義高級中学を卒業後、台湾大学法学部に入学。在学中に国際法の彭明敏教授の影響を受けた。卒業後、弁護士となり、1979年に発生した美麗島事件高俊明の弁護を担当した。

立法委員時代編集

1983年から2000年まで立法委員を4期連続務める。1986年の民進党結成時の中心メンバーの一人でもある。なお、1994年高雄市長選挙に立候補したが、国民党候補の呉敦義に敗れている。

陳水扁政権時代編集

2000年、「核四問題(台湾第四原子力発電所建設問題)」で陳水扁総統(当時)と対立した唐飛が行政院長を辞任したのに伴い、行政院長に就任、民進党籍で初の行政院長となった。在任中は民進党と野党の対立が激しく、2001年12月の立法委員選挙の後、行政院長を辞任した。

2005年、対中窓口機関である海峡交流基金会理事長に就任。しかし、中台対話の進展は全くなかった。

2007年蘇貞昌行政院長辞任後、再び行政院長に就任、陳水扁の総統退任まで務めた。

学歴編集