忠類村

日本の北海道広尾郡にあった村

忠類村(ちゅうるいむら)は、北海道十勝支庁南部にあった村。

ちゅうるいむら
忠類村
忠類ナウマン象記念館
Flag of Churui, Hokkaido.svg
忠類村旗
Emblem of Churui, Hokkaido.svg
忠類村章
廃止日 2006年2月6日
廃止理由 編入合併
忠類村幕別町
現在の自治体 幕別町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 十勝支庁
広尾郡
市町村コード 01640-3
面積 137.54 km2
(境界未定部分あり)
総人口 1,854
(住民基本台帳、2005年12月末)
隣接自治体 更別村大樹町幕別町豊頃町
村の木 シラカバ
村の花 シバザクラ
忠類村役場
所在地 089-1795
北海道広尾郡忠類村字忠類439-1
座標 北緯42度34分03秒 東経143度18分39秒 / 北緯42.56739度 東経143.31097度 / 42.56739; 143.31097座標: 北緯42度34分03秒 東経143度18分39秒 / 北緯42.56739度 東経143.31097度 / 42.56739; 143.31097
忠類村の道内位置
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村名の由来は、アイヌ語の「チュウルイベツ」(急流の意)より。1969年ナウマン象の個体ほぼすべての化石が発掘され[1]、日本で初めて全身骨格の復元に成功したことから、ナウマン象が村のシンボルとなっていた[2]

2006年2月6日に隣接する幕別町編入合併。幕別町の一部となった。

地理編集

十勝支庁の南部に位置。村面積の大半は平地。

  • 山:チョマナイ山
  • 河川:当縁川
  • 湖沼:

隣接していた自治体編集

歴史編集

行政編集

歴代村長編集

[3]

氏名 就任日 退任日 備考
遠藤清作 1949年(昭和24年)9月10日 1953年(昭和28年)9月9日 1期
2 寺田真一 1953年(昭和28年)9月10日 1954年(昭和29年)9月30日 1期・途中辞任
3 伏見實 1954年(昭和29年)11月18日 1956年(昭和31年)5月9日 1期・在任中死去
4 門崎国雄 1956年(昭和31年)6月24日 1972年(昭和47年)6月23日 4期
5 白木敏夫 1972年(昭和47年)6月24日 1987年(昭和62年)6月23日 4期・途中辞任
6 藤谷清 1987年(昭和62年)7月19日 1990年(平成2年)4月6日 1期・在任中死去
7 吉田一弘 1990年(平成2年)5月20日 1994年(平成6年)5月19日 1期
8 二川邦男 1994年(平成6年)5月20日 2002年(平成14年)5月19日 2期
9 遠藤清一 2002年(平成14年)5月20日 2006年(平成18年)2月5日 1期

経済編集

基幹産業は農業(畑作)。特産品はゆり根。

姉妹都市・提携都市編集

教育編集

  • 小学校
    • 忠類
  • 中学校
    • 忠類

かつて、明和、西当縁に小学校が存在し、中当縁に小中学校が存在したが現在は廃校。

交通編集

空港編集

鉄道・バス編集

かつては広尾線が通っていたが、1987年に廃止され、十勝バスが代替バスを運行。

道路編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

観光編集

 
忠類ナウマン像記念館

祭り編集

  • ふるさと盆踊り大会(8月中旬開催)

出身有名人編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 山崎晴雄、久保純子 『日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語』講談社、2017年、59頁。ISBN 978-4-06-502000-5 
  2. ^ ナウマン象のまち - 幕別町観光物産協会
  3. ^ 歴代役職者・歴代議会事務局 (PDF)”. 忠類村議会のあゆみ. 幕別町議会 (2007年). 2019年6月11日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集

  1. ^ 北海道博物館 プレスリリース(研究成果情報), 2015.07.31, 道内最古のヤベオオツノジカ化石を確認