旧函館区公会堂

座標: 北緯41度45分54.1秒 東経140度42分32秒

旧函館区公会堂(きゅうはこだてくこうかいどう)は、北海道函館市元町にある歴史的建造物。明治時代に建設されたコロニアルスタイルの西洋館で、国の重要文化財に指定されている。

旧函館区公会堂
旧函館区公会堂
情報
完成 1910年
開館 1910年9月20日
延床面積 1,900.123m²
運営 函館市文化・スポーツ振興財団
所在地 040-0054
北海道函館市元町11-13
アクセス 函館市電 末広町停留場 徒歩10分

目次

概要編集

明治40年(1907年)の大火により、町会所が焼失し、新たな集会所の建設の計画が持ち上がった際、初代相馬哲平が50,000円の寄付を申し出て、明治43年(1910年)工費58,000円余りで完成した。新たな町会所の他、商業会議所事務所、ホテル営業も構想にあったが実現しなかった。

北海道特有の木造2階建ての擬洋風建築、アメリカのコロニアル風洋館で札幌の豊平館と並んで、明治期の洋風建築として注目される。左右対称のポーチを持ち、回廊で結ぶ中央にベランダを配し、左右のポーチにもベランダを持つ。屋根は桟瓦葺きで屋根窓を持つ。ポーチの袖妻には唐草模様を配し、玄関や回廊を支えるコリント式の円柱の柱頭に洋風の装飾が配され、当時の日本人職人の洋風建築技法の習得意欲がうかがわれる。本館の延べ床面積は1,761.308平方メートル(533.73坪)、付属棟は138.815平方メートル(42.06坪)である。

工事を請け負ったのは村木甚三郎[1]

明治44年(1911年)、大正天皇皇太子時代に来函、宿舎となった。また、大正11年(1922年昭和天皇摂政宮のときにも休憩している。昭和26年(1951年)3月から昭和31年(1956年)までは函館地方海難審判庁が置かれ、洞爺丸台風海難審判の会場ともなった[2]。昭和55年(1980年)から解体修理復元が行われ、昭和57年(1982年)当初の姿に戻った。昭和49年(1974年)に本館と附属棟の2棟が国の重要文化財に指定された。

周辺編集

脚注編集

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  1. ^ 村木甚三郎 はこだて人物誌 函館市 2013年4月18日閲覧
  2. ^ 平成27年度 第2回 重要文化財旧函館区公会堂 保存活用計画検討委員会 配布資料 (PDF)”. 重要文化財旧函館区公会堂保存活用計画検討委員会. p. 19 (2016年1月19日). 2017年5月25日閲覧。

関連項目編集

参考文献編集

  • 函館市勢要覧 2007年版
  • 函館歴史文化観光検定公式テキストブック 函館商工会議所 2006年
  • 函館の建築探訪 函館建築研究会・函館の歴史風土を守る会編 角幸博(監修) 北海道新聞社 1997年

外部リンク編集