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昭王(しょうおう、生年不詳 - 紀元前277年)は、中国戦国時代君主。名は遫。襄王の子。紀元前296年、襄王が死去すると、後を嗣いで魏王となった。

昭王
王朝
在位期間 前296年 - 前277年
姓・諱 魏遫
諡号 昭王
没年 紀元前277年
襄王

紀元前295年司馬錯の攻撃を受けて襄城を攻め落とされた。紀元前294年、秦と解城で戦って敗れた。紀元前293年、公孫喜の指揮のもととともに24万の大軍を動員して秦を攻撃したが、秦の将軍の白起に伊闕で敗れた。

紀元前290年、秦に河東の400里四方の地を割譲した。紀元前289年、秦の攻撃により大小61の城を失陥した。紀元前287年、秦軍に新垣と曲陽の城を攻め落とされた。

紀元前286年、秦の司馬錯が河内を攻撃してきた。昭王は安邑を割譲して秦と講和し、秦は安邑の人々を魏に帰らせた。を滅ぼし、宋の康王は魏に逃亡してで死去した。

紀元前284年、燕・秦・趙・韓とともに斉を攻撃し、済水の西で斉軍を撃破した。斉の湣王は首都の臨淄を棄てて逃亡した。昭王は秦の昭襄王と西周(王城)で会合した。紀元前283年、秦軍に安城を攻め落とされた。秦軍が大梁に達したが、撤退した。

紀元前277年、死去した。在位19年。

参考文献編集

先代:
襄王
の君主
紀元前296年 - 紀元前277年
次代:
安釐王