月輪寺(がちりんじ、がつりんじ)は、山口県山口市徳地上村蔵場(2005年10月まで佐波郡徳地町大字上村蔵場[2])にある寺院。文治5年重源が大政大臣藤原兼実の協力を得て建立したものと伝えられ、山口県内で最古の木造建造物。薬師堂内には薬師如来をはじめ多数の仏像が安置されており、国の重要文化財の指定を受けている[3]。 毎年5月5日が薬師大縁日

月輪寺
月輪寺の楼門
所在地 山口県山口市徳地上村蔵場572番地
位置 北緯34度8分36.2秒
東経131度43分14.6秒
座標: 北緯34度8分36.2秒 東経131度43分14.6秒
山号 淸凉山(清涼山)[1]
願成山
宗派 曹洞宗
本尊 薬師如来
その他十二神将、聖観音菩薩、四天王など
創建年 1189年(文治5年)
正式名 淸涼山月輪寺
別称 淸凉寺
淸凉閣(薬師堂への山門の扁額)
札所等 中国四十九薬師霊場第21番札所
文化財 重要文化財 薬師堂
法人番号 2250005001280 ウィキデータを編集
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歴史編集

上徳地村周防国佐波郡 德地(得地)庄)の串村に、聖徳太子の作と言われる観音を本尊とした清涼寺という寺があったが、維持する者がなく朽ち果てたため、寺にあった観音菩薩像と十二神将像のみ上徳地の上村(のち島地村)に移されたが、それもまた打ち捨てられたままに朽ちていた。

12世紀に、焼失した東大寺の再建用材の調達のために当地を訪れた重源がこれを聞きつけ、この地に移し新たに本堂を建立し、当地の得分であり助力者だった九條(藤原)兼實の二つ名である「月輪関白月輪殿」に因んで月輪寺と名付けた[4]

特徴編集

 
薬師堂

当時のまま現存しているのは観音堂(薬師堂)のみだが、を使わずのみで削ったと思われる珍しい建造物である。また、堂の柱という柱に無数の呪釘の跡が残されている[5]。 創建当時は正面3間、側面2間であったものを、文治年間の移築の際に5間×4間に改めたとみられる。

堂の内部には、20年に一度開帳される秘仏薬師如来坐像のほか、聖観音菩薩立像、四天王像(いずれも県有形文化財)が収められている。


脚注編集

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  1. ^ yassite.jplets-gosyuint.jimdo.com
  2. ^ 周防国佐波郡上徳地村大字上村、島地村大字上村
  3. ^ 山口市観光情報サイト「西の京 やまぐち」 一般財団法人山口観光コンベンション協会
  4. ^ 山口県歴史散歩編修委員会 編『山口県の歴史散歩』山川出版社、2006年、ISBN 463424635X、pp.115-116.
  5. ^ 『郷土物語』吉村藤舟著 (郷土史研究会, 1935)

外部リンク編集

関連項目編集