木ノ芽峠

国道476号標識

木ノ芽峠(きのめとうげ)は、福井県嶺北(越前地方)と嶺南(若狭地方)を隔てるである。木嶺(もくれい)とも言い、「嶺北」「嶺南」の語源となっている。

木ノ芽峠
Kinome-touge.jpg
木ノ芽峠
標高 628 m
所在地 福井県南条郡南越前町敦賀市
位置 北緯35度43分0.8秒 東経136度8分26.1秒 / 北緯35.716889度 東経136.140583度 / 35.716889; 136.140583座標: 北緯35度43分0.8秒 東経136度8分26.1秒 / 北緯35.716889度 東経136.140583度 / 35.716889; 136.140583
通過する交通路

Japanese National Route Sign 0476.svg国道476号木ノ芽峠トンネル
北陸自動車道敦賀トンネル

北陸本線北陸トンネル
Project.svg プロジェクト 地形
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木ノ目峠、木辺峠、あるいは木部山とも表記される。(参照:福井県の峠一覧

歴史編集

国造が分立した時代には、木ノ芽峠以北が越国の領土で、木ノ芽峠以南がヤマト王権の領土であった。従って、現在でも木ノ芽峠を境にして、北側が北陸文化圏、南側が近畿文化圏となっている。

日本紀略』によれば、官道の北陸道の一部として、天長7年(830年)に道が開かれた。しかし、道の険しさや冬の厳しい気候のために、難所の一つであった[1]。このため、中世には、北陸道(北国街道)は東の栃ノ木峠(現在の国道365号)のルートに移動した。

北陸本線は、険しい木ノ芽峠を避けて、海側の山中峠を越える杉津(すいづ)を経由するルートで建設されたが、1962年に、木ノ芽峠直下に北陸トンネルが貫通した。

道路では、北陸道を継承する国道18号は、引き続き栃ノ木峠を経由していたが、1886年に金ヶ崎隧道・春日野隧道が貫通し、1920年には両隧道を通る海沿いの道が北陸道・国道18号を継承する国道12号(現在の国道8号)の一部に指定された。

1977年北陸自動車道敦賀トンネルが、木ノ芽峠の直下に作られた。一般道路では長らく登山道しかない状態であったが、1993年に木ノ芽峠を通る道路が国道476号に指定され、2004年に直下を通る木ノ芽峠トンネルが完成して、自動車が通行できるようになった。

脚注編集

  1. ^ 一例として、建武4年(1337年)1月、新田義貞軍が比叡山から越前に下る木ノ芽峠越えで多数の凍死者を出す事件が起こっている。参考・峰岸純夫 『中世 災害・戦乱の社会史』 吉川弘文館 2011年 p.27.

関連項目編集