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木村 文男(きむら ふみお、1904年7月 - 1965年3月20日[1])は、日本政治家自由民主党衆議院議員(3期)。息子は青森県知事や衆議院議員を務めた木村守男。孫は元衆議院議員の木村太郎、衆議院議員の木村次郎

経歴編集

青森県南津軽郡藤崎町出身[2]。父健一は藤崎町の助役町長を務めた[2]1925年青森県師範学校を卒業[1][2]。卒業後は教員となり、その後は青森県属、小学校校長、地方事務官などを務めた[1][2]

戦後、政治家を志し、1947年青森県議に当選[2]1952年第25回衆議院議員総選挙青森2区から自由党公認で立候補して初当選。以来連続3回当選した(その後、所属は日本民主党→自由民主党)。この間、第1次鳩山内閣北海道開発政務次官に就任した[1][2]1958年第28回衆議院議員総選挙で落選した。

この他、自由民主党青森県連合会副会長[1][2]、弘栄産業、弥助商会各取締役社長[1]、青森県スポーツ振興会議長などを歴任し[1]勲三等瑞宝章を受章した[2]。1965年死去。

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』208頁。
  2. ^ a b c d e f g h 『青森県人名事典』203頁。

参考文献編集

  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『青森県人名事典』東奥日報社、2002年。