朱 桂(しゅ けい、洪武7年7月18日1374年8月25日) - 正統11年12月12日1446年12月29日))は、明朝皇族

洪武帝の13男として生まれる。生母は郭恵妃(郭子興の娘)。永楽帝の異母弟。

洪武帝より豫王に封じられたが、1392年に代王に改封されて大同に移された。たびたび理由も無く殺人を繰り返す粗暴な性格であり、建文帝による削藩政策では粛清の対象とされ、逮捕された後に庶人とされた。永楽帝が即位すると王籍に復帰した。

家庭編集

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  • 妃徐氏

子女編集

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  1. 悼戻世子 朱遜煓
  2. 広霊栄虚王 朱遜𤇜
  3. 潞城僖順王 朱遜𤆼
  4. 山陰康恵王 朱遜煁
  5. 襄垣恭簡王 朱遜燂
  6. 霊丘栄順王 朱遜烇
  7. 宣寧靖荘王 朱遜炓
  8. 懐仁栄定王 朱遜焴
  9. 隰川懿安王 朱遜熮
  10. 朱遜熩[1]
  11. 朱遜燔[1]

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  1. 郷寧郡主
  2. 壷関郡主
  3. 保徳郡主

脚注編集

  1. ^ a b 『石匱書』

参考文献編集

  • 明史』列伝第五 諸王二