株式持ち合い
株式持ち合い(かぶしきもちあい)とは、複数の株式会社が、お互いに相手方の発行済株式を保有する状態を指す。相互保有されている株式を相互保有株式という。日本銀行金融研究所は、「上場企業(信託銀行を除く)の2社が相互に株式を保有している状態[1]」と定義している。
この状態は、日本特有のものとされるが、似た構造は、韓国の財閥の循環出資(ロッテグループなど)、ドイツでも存在した[2]。この項目では、特筆しないかぎり日本国内のケース[注 1]について述べる。
概要
編集日本企業の株主には個人株主も多いが、法人株主も多い。ある企業の大株主はまた別の企業である、というケースも多い。特に同じ集団に属する企業同士がお互いの株を所有しあうことを株式持ち合いという、戦前の財閥グループ内でこの持ち合いが多くみられ、さらに戦後、外資や投機グループなどによる株式買い占め・乗っ取りへの対処策とし、株式持ち合いが進んだ。アメリカなどでは株主総会で業績の悪い経営者の更迭というケースが多いが。日本でそれが少ない理由の一つにはこの株式持ち合いがある。仮に、企業Aの業績が悪く、株主である企業Bが企業Aの経営者をクビにするように求めると、企業Bの経営者も自社の業績が悪くなった時に自分自身が他の企業からやられてしまうかもしれない。これより、より長い目で考え、同じグループの企業同士、お互いに資金は出すが文句はいわない安定株主の役割を果たし、さらに長期的・安定的取引先としての良好な関係を結ぶ方が得策、という考え方が株式持ち合いである。[3]
持ち合う目的
編集持ち合いも含めた安定株式比率は、1973(昭和48)年度末の法人持株比率が66.9 %にも達した[4]ころがピークである。ここへ至るまでのブームについて、指摘の仕方が分かれている[注 2]。持ち合い目的は次の3つとされている[9]。
- 高度経済成長を続けた日本では、企業の設備需要から慢性的な資金不足が生じているものの終戦後のハイパーインフレかつ未熟な資本市場という背景があり、企業側の安定資金の大量調達の需要と銀行側の成長企業を見つけ業容を拡大させたいという需要が合致した結果、メインバンク相互の担保として。
- 原材料会社や部品会社、加工会社、販売会社のような間で長期にわたる取引を行う担保として、また総合商社と関係を深め輸出や海外事業の活動を行うため。
- 日本が1964年にOECDに加盟したことで貿易自由化・資本自由化が求められていたが、証券不況につけこんだ外資による乗っ取りを危険視する声が財界で高まっていた。つまり、財閥系や大手銀行系を中心に企業が結束するため。
問題の指摘
編集株式の持ち合いは以下の危険性がある。
- 資本の空洞化を招くことから、会社法上の資本充実の原則からすれば問題がある。
- 株主総会における議決権による監視機能が形骸化して損なわれ、さらには経営の歪曲化を招く恐れがある。
- 実質上「物言わぬ株主」の比率が高まることで、企業統治の維持・改善が損なわれる恐れがある。
ところが、バブル経済の崩壊以後、会計基準の潮流が取得原価主義から時価主義へと移行するのに伴い、業績の悪い会社の株式を保有し続けることが、決算に悪影響を与える等経営上のリスク、マイナス要因となることから、株式の持ち合いを解消する動きが見られるようになった。この件に関して、丸山夏彦は、「経営」[注 3]と「市場」を功罪両面から分析している。
2000年代に入ってさらに解消の流れは強まり、上場企業と保険会社が保有する他の上場企業の株式は、1988年には市場全体の時価総額の50%を上回っていたが、2013年度は約16%まで低下した。それでも3メガバンクは、2015年6月時点で株を合計6兆5000億円(取得原価ベース)も保有していた[10]。
アベノミクスによる成長戦略の中でも規制が強まり、持ち合い株を保有する281社のうち168社が2014年度中に保有銘柄の数を減らした[11]。2015年には第2次安倍晋三内閣によるスチュワードシップ・コード(SC)とコーポレートガバナンス・コードの推進を受けて、金融庁は「金融行政方針」の中で、持ち合い株の縮減について3メガバンクを名指しで突き付けた。欧米のグローバル金融機関が10%を切るのに対して、3メガは40%を超える[12]。保険業界などの金融機関が企業側の議案に反対するなど、ROEに代表される収益性や株主還元などを基準に従来よりも厳しい姿勢が強まり、金融機関・企業双方に対して企業価値向上に向けた緊張感をもたらす動きが広まった[13]。2015年11月、大林組は今後5~6年で1000億円分を売る。コマツは保有をほぼゼロにした[14]。同年12月、三菱ケミカルホールディングスは持ち合い株の4割にあたる、時価約1000億円相当の株式を2~3年で売却し、成長事業への投資に当てる方針を発表した。
規制
編集元来日本における規制のあり方をめぐる見解には、奥村宏の「資本主義経済を取っている以上、持合は不可解なものであり、一切を禁止するべきだ」というものや、持合の数量規制を5%にすべきという発想があった。最近では、株式持合の再評価がなされている[注 4]。規制緩和を行い、株式持合いを解消すれば、外国資本による日本への投資・買収がさかんになるかもしれないからである。銀行は現在、2015年現在、企業が発行する株式の5%まで保有することが許されている。なお米国などは銀行による株式保有は原則禁止されている。
2007年現在の会社法上は、相互保有の解消義務は明確に定められてはいない。その理由としては、相互保有についても一定の合理性が認められている点と、相互保有解消を急進した場合に発生する社会的影響[注 5]を回避するためである。直接の規制は、4分の1[注 6]以上の取得している場合に議決権が停止される(会社法308条1項括弧書)のみである[注 7]。三角持ち合いないし循環的相互保有[注 8]は、規制の対象にならない。
国内外の機関投資家や個人株主を尊重し、企業統治を進める中で企業価値を改善・向上するために、「日本再興戦略改訂2015」では「『攻め』のコーポレートガバナンスの更なる強化」がテーマに掲げられた。また国際会計基準(IFRS)の採用によって、持ち合い株の買戻しによる益出しと呼ばれる見た目上の利益のかさ上げ行為ができなくなる。
- 日本以外
- インドネシア - 会社法においては、直接的あるいは間接的に株式を保有する他の会社に対する新株発行が明確に禁じられている。
脚注
編集注釈
- ^ 子会社による親会社株式取得など
- ^ まずは三宅一弘の報告によるもの。戦後復興から1960年(昭和35年)あたりまでを「第一次持ち合いブーム」、1964年(昭和39年)の証券不況から石油ショックまでを「第二次持ち合いブーム」として、第一次石油ショック前までには、日本の企業集団(企業グループ)が安定株式比率の上昇と歩調を合わせるように、ほぼ出来上がったとする[5]。三宅一弘は続けて、1990年以降のバブル清算に加えて、日本型企業システムの再構成が迫られている一環として、株式持ち合いの解消や安定株式比率の低下が生じているものの高度経済成長期に持ち合いが行われ安定株式比率が高まっていたことは、当時の日本経済、資本市場、金融市場、個人資本貯蓄の状況を考えれば経済合理性があったと主張している。一方、丸山夏彦は次のように考える。第一次ブームは、1940年代後半から1950年代のGHQによって、財閥各社の株式が大量に分散した事を起因とする敵対的買収からの防衛策が行われたこと。第二次ブームは、1960年代後半 - 1970年代のIMF8条国、GATT11条国への移行。そしてOECDへの加盟に伴う「貿易外経常取引および資本移動の自由化」の義務を負う事となり"第二の黒船襲来"と外資からの買収に対する危機感が強まったこととしている[6]。第一次ブームの詳細として、三井財閥を例にとり三井銀行や三井物産など直系会社の場合、三井合名での持株比率は100 %、少ない場合でも30 %は超えていたとするが、大量分散後の1949年(昭和24年)には、個人による株式保有率は、全株式総数の69 %を占めるに至った結果として、株主無責任の問題が浮上し、敵対的買収が容易な状況であったと述べている[7]。 敵対的買収が容易であった実例として、1952年に起きた旧三菱本社の不動産を引き継いだ陽和不動産の株式がグリーンメーラー的相場師として知られた藤綱久二郎に35%買い占められた事件を紹介している[8]。第二次ブームの詳細としては、寺沢芳男著、"英語オンチが国を亡ぼす"、東洋経済新報社、1997.3の106頁を引用して、外資系からの買収不安を煽った株主安定工作があったことを指摘した上で、一次二次どちらも買収に対する危機感があったと述べている。
- ^ 経営上の問題として、持合ブームとされる頃に比べ株価上昇に伴う含み益を、株主に還元せず恣意的に使用してきた――例えば業績不振時の赤字補填目的で含み益を吐き出した――のが実情であると述べた。巨額事件の例として、大和銀行と住友商事の事件を例とした(p.99)。
- 大和銀行については、日本経済新聞1996年3月22日を参考として穴埋めに使われたとして、住友商事については、住友商事「有価証券報告書総覧」平成9年度版を引用した上で平成9年度の有価証券売却益910億円が前年の約140億に比べ大規模の益出しを行ったものとしている。
- 鈴木貞彦著「ケースブック財務管理」(慶應通信)の32頁を引用の上、回収期間法に依存しキャッシュ・フローを考慮しておらず、右肩上がり経済の中で期待水準を満たさずとも長期的に見ればほとんど利益を出せた曖昧な投資決定が成されていたこと。そして持合により一般株主による経営への口出しが少なかった事による緊張感喪失を罪とした。
- 同著に記された経済企画庁調査局編「期待成長率低下のなかでの企業行動」のアンケート調査報告書によれば、株式持合のデメリットとして(2つ以内の複数回答可)、「持合株の株価低下による含み損の発生」「長期・安定的保有による資本の流動性の低下」「資本コスト意識の希薄化による資本効率性の低下」が上位3位となっている。
- ^ 見解には次のようなものがある。
- 関岡英之『拒否できない日本』(文春新書、2004年)のようにアメリカの圧力からみる視点
- 吉村典久『日本の企業統治』(NTT出版、2007年)などのように日本型経営システムを再評価する形からみる立場
- その他、新たな再編への利用策として持合を利用するべきとの思考もある。
- ^ 銀行等が大量に保有している株式が市場に流出すると起きると予想される混乱等
- ^ その4分の1に該当するかの基準については、実質的基準をもってその判断をあたることになっている(実質的支配基準。会社法施行規則67条)。当初の案では1割超とされていた[15]。
- ^ 関係規制として、5%の株式を保有する株主の情報開示、金融会社の5%基準、資産総額100億円以上の単体総資産20億円以上の会社の株式をもつ場合、発行済み株式総数の10%、25%、50%を超えて取得、保有する場合の公取委の報告義務などがある。金融機関については資産の運用先として株式を多く保有しており、この持ち合い解消のため株式売却を促進させると、株式市場に与える影響が大きいことから、自己株式の取得を緩和するほか、銀行等の株式等の保有の制限等に関する法律(平成13年11月28日法律第131号)により銀行等保有株式取得機構が設けられるなどの対策がとられている。
- ^ 例えば、AがBを、BがCを、そしてCがAをそれぞれ保有している場合
出典
- ^ 日本銀行金融研究所発行"株式持ち合いの変化と市場流動性"p.3
- ^ 丸山夏彦著、株式持合解消で強くなる企業と弱くなる企業、研修社、2000.3、p.69
- ^ Shinka suru nihon no keiei : Shakai toppu senryaku soshiki.. Okamoto, Daisuke, 1958-, Furukawa, Yasuhiro, 1962-, Sato, Yamato, 1963-, 岡本, 大輔, 1958-, 古川, 靖洋, 1962-, 佐藤, 和, 1963-. Chikurashobo. (2012.4). ISBN 9784805109915. OCLC 820755015
- ^ 草野厚 『山一証券破綻と危機管理』 朝日新聞社 1998年 P 265-266
- ^ みずほ証券エクイティ調査部チーフストラテジスト奥村宏著、"株式相互持合いをどうするか"、岩波書店、2001年06月、第2章"株式持ち合いの歴史的形成要因と今後における問題点" ISBN 4-00-009234-0
- ^ 丸山夏彦著、"株式持合解消で強くなる企業と弱くなる企業"、研修社、BSIエディケーション、2000年3月、ISBN 4-7657-3954-6
- ^ 岡崎哲二 持株会社の歴史:財閥と企業統治、筑摩書房、1999.6、p.33
- ^ 有沢広巳監修、安藤良雄ほか編、昭和経済史. 中、P.149
- ^ 奥村宏著、"株式相互持合いをどうするか"、岩波書店、2001年06月、第2章
- ^ “メガバンクが再び持ち合い株の大量売却 金融庁が渋る銀行に鞭を振う理由”. J-CASTニュース. (2015年10月13日) 2022年8月31日閲覧。
- ^ 磯山, 友幸 (2015年7月17日). “株式持ち合い解消、一気に加速へ”. 日経ビジネス. オリジナルの2017年11月17日時点におけるアーカイブ。 2022年8月31日閲覧。
- ^ “金融庁が3メガバンク名指しで「持ち合い株」を問題視”. 週刊ダイヤモンド. (2015年10月14日) 2022年8月31日閲覧。( 要購読契約)
- ^ 伊藤小巻; Kitanaka, Anna (2015年6月23日). “「物言わぬ株主」が変化、日生は総会で議案反対も-ROE重視”. ブルームバーグ 2022年8月31日閲覧。
- ^ “脱・持ち合い株へ企業動く 大林組、1000億円分売却”. 日本経済新聞. (2015年11月29日) 2022年8月31日閲覧。( 要購読契約)
- ^ 奥村宏 『徹底検証 日本の五大新聞』 七つ森書館 2009年3月 P 37