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桂 談枝(かつら だんし)は、上方落語名跡。現在は空き名跡となっている。

初代編集

初代 桂 談枝かつら だんし
生年月日 不詳年
没年月日 不詳年
出身地   日本
師匠 初代桂文枝
桂文左衛門
名跡 1. 桂三角(? - 1885年)
2. 初代桂談枝(1885年 - ?)
活動内容 上方落語
所属 桂派

幕末期の生まれ。初め初代桂文枝門下で三角(三鶴とも)を名乗り、1885年、2代目文枝(後の桂文左衛門)門下に移り談枝と改名。駒不足の桂派をにあって、2代目桂萬光初代桂燕枝らと共に活躍し、桂派の隆盛の基礎を築いた。得意ネタには「軒付け」「数取り」などがあった。どんな噺をしても屁のことが入るので、俗に「屁の談枝」と呼ばれた。明治20年代から病気がちで高座を勤めることはなくなり、明治30年代に没した模様。本名、享年とも不詳。

2代目編集

2代目 桂 談枝かつら だんし
生年月日 不詳年
没年月日 不詳年
出身地   日本
師匠 初代桂枝雀
名跡 1. 桂秋輔
2. 桂雀輔
3. 2代目桂談枝
活動内容 上方落語
所属 浪花落語反対派
吉本興業

生没年は明治末期 - 1945年ごろか。経歴、改名順はあまりわかっていないが、最初は桂秋輔と言い、その後、初代桂枝雀門下で雀輔を名乗った。雀輔時代は大正末の反対派番付に見える。その後、吉本に属したが、いつしか吉本も離れ、特別な会に出演するのみだった。この時期に談枝を襲名したようだが、年代もわかっていない。

晩年は5代目笑福亭松鶴主催の「楽語荘」同人となり、「上方はなしを聴く会」で高座に上がった。『上方はなし』誌上の批評によれば、中庸を保った渋い芸風だったようである。また、雀輔時代には数枚のSPレコード子ほめ」「京の茶漬」「地上げ」を吹き込んでいる。得意ネタには「盗人の仲裁」「植木屋」「八五郎坊主」などがあった。本名、享年とも不詳。

出典編集

  • 『落語系圖』(月亭春松編)
  • 『上方はなし』第46集「福圓に聴く」
  • 『古今東西落語家事典』(平凡社、1989年)
  • 『古今東西噺家紳士録』