桑原 理哲(くわはら よしあき、1961年昭和36年)5月9日 - )は、日本実業家東洋証券株式会社代表取締役社長兼社長執行役員、神戸学院大学客員教授。学校法人神戸学院理事。(「桑」の字は戸籍上の文字は「桒」(「十」3つの下に「木」))

くわはら よしあき

桑原 理哲
生誕 1961年(昭和36年)5月9日
日本 広島県
国籍 日本
出身校 神戸学院大学
職業 実業家
肩書き 東洋証券株式会社代表取締役社長兼社長執行役員
親戚 桑原秀範
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人物 編集

広島県西区中広町[1]に生まれ、東区上温品で育つ。中区の広島市立幟町中学校を卒業後、東区の広島県立安芸高等学校に進学。神戸学院大学法学部在学中は、同大学法学部長を務めた衣斐成司のゼミに所属。1985年、東洋証券株式会社に入社後は神戸支店に配属される。2000年に同社浜田支店長に就任。全34支店中下位だった同支店を一年で全国1位に押し上げる[2]。以降、執行役員営業企画部長・経営企画部長、常務取締役営業本部長など営業部門の要職を歴任し2017年、代表取締役社長に就任。

エピソード 編集

転職も考えた若手時代 編集

東洋証券株式会社に入社後、神戸支店に配属される。東灘や芦屋などの高級住宅街を担当する中、飛び込み営業をしても断られ続け、成績は同期生の中でも下位だった。会社を辞めようと考えていたその矢先、営業中に道端であった高齢の男性に話しかけられ、名刺を渡す。後日その男性から電話がかかってきて、数千万円を預けてくれた。日頃より真面目に地域を回っていた桑原を見ていて「この人なら」と思ったという[3]。この時の経験が自身の商売の原点になっているという。

経歴 編集

  • 1961年昭和36年)5月9日 - 広島県広島市西区[4]生まれ
  • 1985年(昭和60年)3月 - 神戸学院大学法学部卒業
  • 1985年(昭和60年)4月 - 東洋証券株式会社入社
  • 2000年(平成12年)7月 - 同社浜田支店支店長
  • 2001年(平成13年)10月 - 同社今治支店支店長
  • 2005年(平成17年)7月 - 同社名古屋支店支店長
  • 2006年(平成18年)9月 - 同社営業企画部長
  • 2007年(平成19年)4月 - 同社執行役員 営業企画部長
  • 2008年(平成20年)10月 - 同社執行役員 経営企画部長
  • 2010年(平成22年)6月 - 同社取締役 経営企画部長兼総務部担当
  • 2011年(平成23年)5月 - 同社取締役 営業本部長兼営業企画部担当
  • 2012年(平成24年)4月 - 同社常務取締役 営業本部長兼営業企画部担当
  • 2014年(平成26年)4月 - 同社常務取締役 営業本部長兼ホームトレード部担当兼法人本部・営業企画部管掌
  • 2016年(平成28年)4月 - 同社常務取締役 内部管理本部長
  • 2017年(平成29年)4月 - 同社代表取締役社長[5]
  • 2019年(平成31年)4月 - 同社代表取締役社長兼社長執行役員

関連項目 編集

外部リンク 編集

脚注 編集

  1. ^ 中国新聞デジタル. “東洋証券(東京都中央区) 桑原理哲社長(58)=広島市東区出身 | 地方経済”. 中国新聞デジタル. 2020年7月19日閲覧。
  2. ^ 神戸学院大学同窓会報2018年3月号”. 2020年7月19日閲覧。
  3. ^ 中国新聞デジタル. “東洋証券(東京都中央区) 桑原理哲社長(58)=広島市東区出身 | 地方経済”. 中国新聞デジタル. 2020年7月19日閲覧。
  4. ^ 中国新聞デジタル. “東洋証券(東京都中央区) 桑原理哲社長(58)=広島市東区出身 | 地方経済”. 中国新聞デジタル. 2020年7月19日閲覧。
  5. ^ 東洋証券社長に桑原氏”. 日本経済新聞 電子版. 2020年7月19日閲覧。