森岡為治

日本の戦国武将

森岡 為治(もりおか ためはる)は、戦国時代武将津軽氏の家臣。

 
森岡為治
時代 戦国時代
生誕 明応15年(1500年)10月
死没 天文10年6月9日1541年7月2日
別名 次丸、十郎左衛門、山城守、源三郎
主君 大浦政信
氏族 称・藤原氏津軽氏支流森岡氏
父母 大浦盛信
信治
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略歴編集

大浦氏一門の家老として3000石を領した。天文10年(1541年)6月9日、主君・大浦政信に従い、和徳城攻めに参加した。その際、岩木川畔の三味線河原で戦いとなり、和徳城主・小山内満春が討ち取られたが、満春の子・永春が加勢すると戦況は逆転し、大浦政信と共に討ち死にした。