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森田 敬和(もりた たかかず、1960年6月29日[1] - )は日本実業家[1]血液型B型[1]。9つのクイズ番組を制した。

来歴編集

岐阜県岐阜市出身[1]岐阜県立加納高等学校を経て拓殖大学を卒業後、企画会社社長となる[1]

幼少時に祖父と共にテレビで「クイズタイムショック」を見たことでクイズにのめり込み始める[2]。当時はクイズ好きというわけではなかったが、問題に答えている様子を見た祖父から出場を勧められ、軽い気持ちで応募したという[2]。以後クイズ番組出場が病みつきとなり[2]、数年にわたり出場しては優勝を果たすこととなる[2]

1986年に出場したクイズ番組第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」では[3]南米で高熱に浮かされながらも乗り越え、優勝を果たす。

優勝時にはクイズ番組からの引退を宣言した[4]ものの、ファンからの声援が多く寄せられたため撤回するに至る[2]

エピソード編集

第10回アメリカ横断ウルトラクイズ編集

 
成田国際空港
 
グァム(写真は恋人岬から望むタモン湾)
後楽園球場での〇×クイズ第1問
ニューヨーク自由の女神100年前の除幕式のフランス国旗であった」という問題であったが[2][5]、大会前に偶然読んでいた英語ニューズウィーク誌に載っていたことから「〇」に入り正解[2]
2度の敗者復活
第1チェックポイントの「成田★旅立ち」では、「8年前(1978年)、成田空港が開港して初めてお客を乗せて飛び立った飛行機はグァム行きだった」[2][6]という問題で「×」と答え失格[2]サイパン経由グァム行きの飛行機が成田発の旅客機第一便に当たるため、正解は「〇」[6])したものの、ペーパークイズで敗者復活を果たす。
第2チェックポイントのグアムでも「突撃〇×泥んこクイズ」で不正解となりに突っ込むこととなる[2]。しかし、このチェックポイントでは規定の勝ち抜け人数28人[7]より2人多く失格者が出てしまった関係上、敗者復活戦を実施[2]サドンデス方式の〇×クイズにより、後に北米コース準決勝のナイアガラまで駒を進める挑戦者と共に敗者復活を成し遂げた[2](未放送)。
第11チェックポイントのアトランタケネソー古戦場で行われた「南北お別れ早押しクイズ」
第1問を制し1抜けを果たす[2]。その際「ここは南軍土地でしょ!南米に行かなくてどうするの!」と高らかに宣言し、自ら南米コースへ進む[8]。しかしこの時から体調を崩し始め、南米ボリビアに到着後38度の高熱と闘いながらクイズに挑み、南米チャンピオンにまで上り詰めることとなる[9][2]
決勝のニューヨーク
福留から「自称六本木クリスタルボーイ[3](本大会の単行本では「東京都港区南青山に住むシティボーイ」とも[3])と渾名されたが、この頃になると体調も完全に回復。北米コースチャンピオンの西沢泰生をして「永遠に縮まらない2ポイント」と言わしめる程の激戦を経て優勝した。その直後、南米コース担当で同い年の日高直人アナウンサー(当時)と抱き合い、この旅初めての男泣きを見せる[9]。なお、森田と西沢は共に6月29日生まれであった(西沢は森田の2歳下)[3]

森田押し編集

第13回アメリカ横断ウルトラクイズ(1989年)のチャンピオンである長戸勇人は、自著『クイズは想像力〈理論篇〉』の中で森田の独特な早押しボタンの押し方を「森田押し」と呼称[10]

長戸によると、普通早押しボタンは人差し指中指で押すものとしているが、「森田押し」は親指で押し、なおかつ「押し込み」(一瞬の差を競う早押しクイズ時間のロスを無くすため、ボタンの「遊び」を利用して、作動するギリギリまでボタンを押し込むこと[11])を活用しているため、素早い押し方を実現しているという[10]。派手な動きがし辛く、一般的に鈍いと言われる親指で「押し込み」をやるのは「至難の技」として、一般人には不可能な芸当と述べている[10]

主な出場番組編集

※優勝経験がある番組には末尾に○印を付す。

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h i クイズ王のプロフィールアメリカ横断ウルトラクイズ クイズ王の本(電子版)
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 決闘、リバティ島……………第10回/森田敬和アメリカ横断ウルトラクイズ クイズ王の本(電子版)
  3. ^ a b c d 『アメリカ横断ウルトラクイズ10』1986年12月、日本テレビ放送網株式会社、p.224
  4. ^ 1986年11月20日朝日新聞』 24面
  5. ^ 『アメリカ横断ウルトラクイズ10』 1986年 p.8
  6. ^ a b 『アメリカ横断ウルトラクイズ10』 1986年 p.19 - 20
  7. ^ 『アメリカ横断ウルトラクイズ10』 1986年 p.90
  8. ^ 1986年11月13日放映『第10回アメリカ横断ウルトラクイズ』
  9. ^ a b 『アメリカ横断ウルトラクイズ10』 1986年 p.233
  10. ^ a b c 長戸勇人『クイズは想像力〈理論篇〉 ウルトラクイズの「傾向と対策」を学問する』1990年9月情報センター出版局、p.111
  11. ^ 長戸勇人 1990年 p.114
  12. ^ クイズデリバリー目玉企画 「23区横断ウルトラクイズ」クイズ&デリバリー
  13. ^ 「史上最強のクイズ王決定戦」豆データ鈴木舟太のクイズHP

関連項目編集