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榊原 政祐(さかきばら まさすけ)は、江戸時代中期の大名播磨国姫路藩の第2代藩主。官位従四位下式部大輔。榊原家7代当主。

 
榊原政祐
時代 江戸時代中期
生誕 宝永2年5月21日1705年7月11日
死没 享保17年8月29日1732年10月17日
墓所 兵庫県姫路市圓教寺
官位 従五位下遠江守式部大輔従四位下
幕府 江戸幕府
主君 徳川吉宗
播磨姫路藩
氏族 榊原氏
父母 父:榊原政邦、母:不詳
兄弟 政祐、国姫、孝子、青山忠朝正室、水野勝庸正室ら
養子:政岑
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生涯編集

宝永2年(1705年)、榊原政邦の次男として誕生した。享保11年(1726年12月25日、父の死により家督を相続する。

享保17年(1732年)に28歳で死去した。家督は養嗣子の政岑が継いだ。

官歴編集

系譜編集

 
榊原政祐の墓(圓教寺