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標茶町営軌道
現存する、沼幌支線第3号橋梁(2012年4月)
現存する、沼幌支線第3号橋梁(2012年4月)
軌間762 mm
exSTR
標津線
exSTR
釧網本線
eABZql BHFq STRq
標茶
uexKBHFa
-1.6 標茶駅前
uexBRÜCKE1
釧路川橋梁
uexBHF
0.1 開運町
uexBHF
? 南標茶
uexBHF
4.7 下御卒別
uexBHF
6.6 厚生
uexBHF
? 新道
uexBHF
14.0 神社前
uexBHF
16.8
0.4*
中御卒別
uexABZgl uexSTR+r
uexBHF uexSTR
17.7 大曲
uexKBHFe uexSTR
22.5 上御卒別
uexBHF
? 二区
uexBHF
? 三区
uexKBHFe
6.3* 沼幌

今尾 (2008) による。起点が0.0kmになっていない。

標茶町営軌道(しべちゃちょうえいきどう)は、かつて北海道川上郡標茶町にあった簡易軌道

概要編集

1955年、道内最後の簡易軌道線として開業。はじめは貨車を旅客車にも代用していたが、1958年には自走客車が入線する。ここの自走客車はバス窓を採用していた。 1961年に簡易軌道としては最長の184mの鉄橋を釧路川に完成させて開運町より標茶駅前まで延長したが輸送量は予想を下回り1967年に運行を止めた。また1966年に支線として中御卒別(なかおそつべつ) - 沼幌(ぬまほろ)間が開業するも、その4年後には道路改良の進展で廃止された。累積赤字は2200万円となり補助金を打ち切られたため[1]本線も1971年に廃止。廃止後は標茶町有バスが代替する。

路線データ編集

路線延長が最長だった時点のデータを示す。

  • 路線距離:
    • 本線:標茶 - 上御卒別間24.2km
    • 沼幌支線:中御卒別 - 沼幌間6.5km
  • 軌間:762mm

沿革編集

  • 1955年(昭和30年)5月 本線開運町 - 神社前間開業[2]
    • 当初は1953年工事完了を予定したものの国の予算措置の遅滞により神社前まで敷設工事が終わったところで工事中断したため標茶町からの陳情により仮営業にこぎつけたという[3]。また前年秋に非公式に運転していたという話がある[2]
  • 1957年(昭和32年)本線神社前 - 中御卒別間開業[2]
  • 1959年(昭和34年)1月 本線中御卒別 - 上御卒別間開業[2]
  • 1961年(昭和36年)11月 本線開運町 - 標茶駅前間開業[2]
  • 1966年(昭和41年)6月 沼幌支線中御卒別 - 沼幌間開業[2]
  • 1967年(昭和42年)1月 本線標茶駅前 - 開運町間廃止[2]
  • 1970年(昭和45年)11月 沼幌支線中御卒別 - 沼幌間廃止[2]
  • 1971年(昭和46年)8月17日 本線開運町 - 上御卒別間廃止[2]

停留所一覧編集

本線
標茶駅前 - 開運町 - 下御卒別 - 厚生 - 新道 - 神社前 - 中御卒別 - 大曲 - 上御卒別
沼幌支線
中御卒別 - 二区 - 三区 - 沼幌

運行状況編集

1968年度は4往復(旅客3、貨物1)日祭日は混合列車1往復であったが1969年度に貨物列車は廃止となり[4]1971年度は平日のみ朝夕の2往復となった。開運町 - 上御卒別間の所要時間は60分であった[1]

車両編集

  • 機関車6両、自走客車3両、牽引客車2両、貨車8両[1]

脚注および参考文献編集

  1. ^ a b c 千葉譲「北海道殖民軌道各説」『鉄道ピクトリアル』No.259
  2. ^ a b c d e f g h i 『簡易軌道写真帖』76頁
  3. ^ 「標茶町史」第3巻、899-900頁
  4. ^ 小口貨物は客車に積み込んだ