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水野 勝前(みずの かつちか)は、下総結城藩の第4代藩主。水野宗家9代。

 
水野勝前
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 享保9年2月23日1724年3月18日
死没 宝暦13年9月2日1763年10月8日
戒名 円徳院修斉智譲
墓所 東京都港区三田の常林寺
官位 従五位下、日向守、摂津
幕府 江戸幕府半蔵門番、一橋門番、馬場先門番、和田倉門番
主君 徳川家重家治
下総国結城藩
氏族 水野氏
父母 父:水野勝政、母:北村氏
養父:水野勝庸
兄弟 勝庸勝盛勝前勝診
正室内藤信輝の娘
側室:遠藤氏、森野氏
勝起勝盈(次男)、稲葉正衡(三男)、
養女:林忠篤

生涯編集

享保9年(1724年)2月23日、第2代主・水野勝政三男として結城で生まれる。寛延2年(1749年)に兄で第3代藩主の勝庸が死去したため、その養子として家督を継ぎ、12月28日に従五位下、日向守に叙位任官する。その後は半蔵門番、一橋門番、馬場先門番、和田倉門番などを歴任したが、病気を理由に宝暦13年(1763年)4月6日に家督を長男の勝起に譲って隠居し、4月7日に摂津守に遷任する。

宝暦13年(1763年)9月2日に江戸赤坂の藩邸で死去した。享年40。