永松寺

岐阜県土岐市肥田町にある臨済宗妙心寺派の寺院

永松寺(えいしょうじ)は岐阜県土岐市肥田町にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は吟鶴山。

永松寺
所在地 岐阜県土岐市肥田町885
位置 北緯35度21分36.8秒 東経137度12分14.6秒 / 北緯35.360222度 東経137.204056度 / 35.360222; 137.204056座標: 北緯35度21分36.8秒 東経137度12分14.6秒 / 北緯35.360222度 東経137.204056度 / 35.360222; 137.204056
山号 吟鶴山
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 十一面観世音菩薩
創建年 文治元年(1185年
開基 浅野光行
中興年 万治元年(1659年
中興 金嶺祖牛
札所等 土岐郡三十三所巡礼十三番
法人番号 7200005008425
永松寺の位置(岐阜県内)
永松寺
永松寺
永松寺 (岐阜県)
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歴史

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文治元年(1185年)に土岐光行(浅野光行)が肥田町の寺屋敷、堂前と呼ばれている場所に建立したと伝わる。創建時の山号は龍雲山であった。

その後しばらくは記録がないが、戦国時代天文21年の高山城の戦い、または元亀元年(1570年)の武田氏重臣の秋山虎繁の侵攻による戦火で荒廃した。

万治元年(1659年)、東香寺を中興した金嶺祖牛が、師の雲居希膺を開山に勧請して現在地に再興した。

幕末に至り土岐市泉町の嶋香寺と山号を交換し、吟鶴山と改めた。

元文5年(1740年)、本堂と庫裡を建立した。

文政2年(1819年)9月、九世となった獨産是慎は、尾張国知多郡慈光寺の出身で、恵那郡飯羽間村徳祥寺から入寺して住持となった。

嘉永5年(1852年)、山門を創建した。

平成14年(2002年)現在の庫裡を再建した。

参考文献

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  • 『土岐市史 2 (江戸時代~幕末)』 第十五編 江戸時代の宗教 第四章 徳川幕府の神道政策 10 神社・寺院調 p374~p386 土岐市史編纂委員会 1971年
  • 『肥田町史』 肥田町自治会 p324-p327 1995年