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池田 輝廉(いけだ てるきよ、貞享4年(1687年) - 宝永3年9月6日1706年10月12日))は、備中生坂藩の世嗣。初代藩主・池田輝録の次男。母は石原氏。初名、輝致(てるむね)。官位は従五位下、大隅守。

生坂藩嫡子として育ち、元禄9年(1696年徳川綱吉御目見した。元禄15年(1702年)叙任するが、宝永3年(1706年)に20歳で早世した。代わって、本家岡山藩主・池田綱政の次男・池田軌隆の長男である池田政晴が養子に迎えられ、嫡子となった。