Numakaze destroyer.jpg
艦歴
計画 1918年度(八六艦隊案
起工 1921年8月10日
進水 1922年2月25日
竣工 1922年7月24日
その後 1943年12月18日戦没
除籍 1944年2月5日
要目
排水量 基準:1,215トン
公試:1,345トン
全長 102.6メートル
全幅 8.92メートル
吃水 2.79メートル
機関 ロ号艦本式缶4基
パーソンズタービン2基2軸
38,500馬力
速力 39ノット
航続距離 14ノットで3,600カイリ
燃料 重油:395トン
乗員 154名
兵装 45口径12cm単装砲4門
6.5mm単装機銃2挺
53.3cm連装魚雷発射管3基
(魚雷8本)
一号機雷16個

沼風(ぬまかぜ)は、日本海軍駆逐艦峯風型の15番艦(野風型3番艦)である。

艦歴編集

舞鶴海軍工廠で建造。一等駆逐艦に類別され、横須賀鎮守府籍に編入。1922年(大正11年)12月28日より同型艦「野風」「波風」、神風型駆逐艦 (2代)「第一駆逐艦」(「神風」)と第1駆逐隊を編成し、千島北海道方面の交通保護に当った。

1933年(昭和8年)3月3日に発生した昭和三陸地震のとき、沼風は横須賀港にあり、第1駆逐隊の僚艦神風野風、第6駆逐隊のとともに当日の午後に出港した。沼風は翌日早朝までに宮城県の女川に着き、救援にあたった。[1]。後続の敷設鑑厳島が6日に釜石に到着すると、同艦から物資を受け取って7日に女川に移送した[2]

太平洋戦争では、主として北方において海上護衛、哨戒活動に参加。

1943年(昭和18年)12月15日、15隻の船団を護衛し高雄を出港し門司を目指した。船団護衛中 12月18日、沼風は『敵潜水艦ヲ発見』を打電した。21時に『爆雷攻撃中』と打電後、沖縄南東海域において米潜水艦「グレイバック」(USS Grayback, SS-208)による雷撃での反撃により12月19日の早朝、北緯26度29分、東経128度26分にて戦没した。この際、第1駆逐隊司令渡辺保正大佐、山下喜義艦長、香月武彦砲術長以下乗員173名全員が死亡した。

1944年(昭和19年)2月5日、沼風は除籍された。

歴代艦長編集

※『艦長たちの軍艦史』235-236頁、『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』による。階級は就任時のもの。

艤装員長編集

  • 柳沢恭亮 中佐:1922年4月15日[3] - 1922年6月10日[4]

艦長編集

脚注編集

  1. ^ 伊藤大介「昭和三陸津波と軍隊」、山本和重・編『北の軍隊と軍都』218頁。
  2. ^ 伊藤大介「昭和三陸津波と軍隊」、山本和重・編『北の軍隊と軍都』220頁、223-224頁。
  3. ^ 『官報』第2909号、大正11年4月17日。
  4. ^ a b 『官報』第2957号、大正11年6月12日。
  5. ^ 『官報』第3085号、大正11年11月11日。
  6. ^ a b 『官報』第3276号、大正12年7月2日。
  7. ^ a b 『官報』第3385号、大正12年12月4日。
  8. ^ 『官報』第3666号、大正13年11月11日。
  9. ^ 『官報』第462号、昭和3年7月12日。
  10. ^ 『官報』第1534号、昭和7年2月13日。
  11. ^ 『官報』第1897号、昭和8年5月2日。
  12. ^ a b 『官報』第2053号、昭和8年11月2日。
  13. ^ 『官報』第2443号、昭和10年2月26日。
  14. ^ 海軍辞令公報(部内限)号外 第273号 昭和13年12月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072074800 
  15. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)第323号 昭和14年4月8日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072075600 
  16. ^ 海軍辞令公報(部内限)第335号 昭和14年5月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072075700 
  17. ^ 海軍辞令公報(部内限)第543号 昭和15年10月15日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072079000 
  18. ^ 海軍辞令公報(部内限)第721号 昭和16年10月1日」 アジア歴史資料センター Ref.C13072082600 

参考文献編集

  • 『丸スペシャル』第51号 日本の駆逐艦Ⅱ、潮書房、1981年。
  • 伊藤大介「昭和三陸津波と軍隊」、山本和重・編『北の軍隊と軍都』(地域の中の軍隊1 北海道・東北)、吉川弘文館、2015年。
  • 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。 ISBN 4-7698-1246-9
  • 海軍歴史保存会編『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、発売:第一法規出版、1995年。