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源平交代思想(げんぺいこうたいしそう)または源平交代説は、日本史上の武家政権平氏(桓武平氏)と源氏(清和源氏)が革命易姓革命)的に交代するという俗説のこと。室町時代ごろから一部で信じられていたと言われている。

概要編集

その説を平氏政権以降江戸時代までの実際の政権の推移に当てはめてみると以下のようになる。

信長の時代には源平交代思想が一部で信じられていたため、織田信長が平氏を称するようになったことと徳川家康が源氏を称するようになったこともこの思想に関連しているといわれるが、真偽のほどは不明である。


異説編集

関東における源平交代思想編集

源平交代思想は、豊臣氏という別姓が紛れた中央政権ではなく、関東において特に強く信じられ、実行されていたという説。この場合、家康が封ぜられる前に関東における実権をもっていた勢力は以下の通りである。

後北条氏滅亡後、関東への移封を命ぜられた家康はこの思想の元、源氏に改姓した上で関東に入り、その支配の正当性を示したという可能性もある。

脚注編集

参考文献編集

関連項目編集